2217年4月15日

ゲルマニーオ〔ドイツ〕から、隣のアルポイ合同領域圏に移動しました。アルポイはアルプスのエスペラント語です。ここは、名称のとおりアルプス山脈を囲む複数の領域圏の合同として形成されています。

すわなち、アウストリーオ〔オーストリア〕連合領域圏、スヴィス‐リヒテンシュテイノ〔スイス‐リヒテンシュタイン〕連合領域圏、スロヴェニーオ〔スロヴェニア〕領域圏の三領域圏の合同です。

歴史的に見ますと、旧ハプスブルク帝国の主要領土をカバーし、おおむねドイツ語圏に属しますが、現在ではハプスブルクなどはるか昔の歴史であり、アルプス山脈の共有を意識した合同体のようであります。

リヒテンシュテイノはかつては小さな独立君侯国でしたが、革命により君主のリヒテンシュタイン侯が追放された後、元来関係の深い旧スイスと合併して連合領域圏となりました。そうした歴史的な経緯からリヒテンシュテイノは特別準領域圏として広範な自治権を保持しています。

また旧スイスと旧オーストリアはかつて「永世中立国」を宣言しておりましたが、世界が一つになり、恒久平和体制たる世界共同体が確立された23世紀現在、もはやそのような中立宣言は失効しており、これも歴史の中のお話であります。

ちなみにスロヴェニーオはアルポイ合同の中で一つだけスラブ系主体の領域圏で、20世紀にはユーゴスラビア連邦を構成していましたが、ドイツ語もよく通用することから、アルポイに加盟しているものと思われます。足を運んだ代表都市リャブリャナはおとぎ話に出てきそうな美しい町です。

アルポイ合同領域圏全体を象徴するのは名称どおり、アルプス山脈であり、スキー競技ですが、一方で、ウィーンやザルツブルクをはじめ、クラシック音楽の里でもあります。有名なウィーン・フィルのようなオーケストラも健在で、域内では様々な音楽祭が開催され、世界中から人が集まってきます。

風光明媚で、ずっと滞在していたい場所ですが、世界旅行は前進します。次は北へ向かい、意外に知られざる芸術の里であるチェヒーオ〔チェコ〕に行ってみようと思います。
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2217年3月31日

べネルクソからフランツィーオ〔フランス〕とゲルマニーオのどちらへ行くかで迷い、結局、後者にしました。すなわち旧ドイツです。ドイツはかつてドイツ連邦共和国を名乗っていましたが、23世紀にはドイツ連合領域圏です。

現在ではもはや「国」ではありませんが、その領域の地理的範囲は21世紀当時と変わっていませんし、形態としても連邦制を継承した連合制を維持しています。16の州(うち3つは都市州)構成した旧連邦の形もほぼ継承され、16の準領域圏(うち3つは都市型準領域圏)で構成されている点、かなり保守的と言えます。

ゲルマニーオはエウローポ‐シベリーオ〔ヨーロッパ‐シベリア〕環域圏の中では、ルシーオ〔ロシア〕に次ぐ大きな領域圏で、人口は1億ちょうどくらい。21世紀当時より約2000万人増え、人口減少した日本を上回っています。これは主にトルコ系移民が土着して殖えたためだといいます。

今回の旅で行ってみたかったのは、べネルクソと境界を接するラインラント‐プファルツ準領域圏の町トリーアです。なぜなら、ここはあのカール・マルクスの出身地で生家も保存されていると聞いたからです。

行ってみると、それは200年前の情報でした。たしかに21世紀当時にはマルクスの生家は博物館として保存されていたのですが、23世紀の現在は取り壊され、ポスト・モダンな住宅地となっており、わずかに跡地であることを示す石碑が残されているだけでした。

地元の人に聞いてみますと、「マルクスは郷土の歴史的人物だが、詳しくは知らない」と流暢なエスペラント語で答えられました。たしかに23世紀から見れば、19世紀のマルクスさんは4世紀も昔の歴史的人物に過ぎないのでしょう。

もう一箇所行ってみたかった場所は、これも20世紀の象徴・旧ベルリンの壁跡地。たしか壁の一部が保存されていると聞いたのですが、これも200年前の情報でした。23世紀には壁は跡形もなく、ベルリンは分断の歴史などなかったかのように統一都市(それ自体として準領域圏扱い)として静かにたたずんでいました。

ちなみに、ベルリンは現在も連合領域圏全体をまとめる連合民衆会議の所在地であり、政治的な中核都市の地位を維持しています。こうした安定性もゲルマニーオらしさでしょうか。ゲルマニーオからは鉄道を使い、隣のアルポイ〔アルプス〕合同領域圏に移動してみたいと思います。
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2217年3月16日

アングリーオ〔イングランド〕から北海を渡り、べネルクソ〔ベネルクス〕に移りました。北海渡海は周辺を結ぶ無料乗り放題の客船によりました。以前にもご紹介したとおり、23世紀には船舶という交通手段が復権しており、多くの利用客がありました。窮屈な飛行機とは違う、ゆったりした快適な船旅でした。

べネルクソとはベネルクスのエスペラント読みであり、21世紀人にはベネルクスのほうが馴染みがあるでしょう。ベネルクスとは歴史的に関連の深いベルギー、ネーデルラント(オランダ)、ルクセンブルク三国の緩やかな協力体を出発点としていますが、23世紀には単なる協力体を越えて、単一の領域圏にまとまっているのです。

23世紀のべネルクソ連合領域圏は連邦制に近い構制の領域圏ですから、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクが単純に結合しているのではなく、この三統治体はいったん解体されたうえ、州に近い権限を持った10以上の準領域圏によって再構成されています。代表都市は旧オランダのハーグです。

このような構成になったことで、かつて国を分裂させかねないほど揺れたベルギーの言語分断問題は解決しています。すなわちベルギーを二分したフラマン語(≒オランダ語)地域とフランス語地域の分断・対立関係は、ベルギーという統治体がべネルクソに吸収されたことで止揚されたのです。

そのうえで、べネルクソは世界公用語であるエスペラントを連合全体の公用語ともしています。もっとも地元における日常会話に際しては、それぞれの伝統的な言語が依然として使用されており、そのことが権利としても保障されているとのこと。

ちなみにベルギー、オランダ、ルクセンブルクはそれぞれ独立国だった時代には英国と並ぶ立憲君主制(ルクセンブルクは大公制)を採るという共通項もありましたが、現在では英国と同様、王ないし大公は歴史文化的象徴としての形式的称号にとどまっています。

また旧ベルギーのブリュッセルはかつて旧欧州連合の中心地でしたが、今日では欧州及び旧ロシア・シベリアを大きく包摂する経済協力体であるエウローポ‐シベリーオ〔ヨーロッパ‐シベリア〕環域圏の民衆会議をはじめとする主要機関の所在地でもあり、歴史的に民際性の豊かな土地柄であることは変わっていません。

個人的にはかつて人口50万人ほどのミニ国家だった旧ルクセンブルクに興味があり、集中的に回ってみました。ここは古城がいくつも保存されているべネルクソ域内有数の歴史地域でもあります。同時にフランツィーオ〔フランス〕とゲルマニーオ〔ドイツ〕への入り口もあるのですが、さてどちらへ赴くか、まだ考え中です。
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2217年2月28日

ケルト合同領域圏に属するスコットランドから、風光明媚な田園地帯を縦断する鉄道を普通列車を乗り継ぎ南下してアングリーオへやって参りました。アングリーオとは、かつてのイングランドのことです。

イングランドは21世紀にはいわゆる英国を構成する四つの地域のうちの中心でしたが、前回ご説明したとおり、23世紀には四地域のうち三つが隣のイルランド〔アイルランド〕を含めたケルト合同にまとまったため、単独の領域圏となったものです。言わば独りぼっちになってしまったわけですが、23世紀のアングリーオ人はほとんど気にしていないようです。むしろ、現状が一番すっきりするという感想も聞かれました。

その代表都市は相変わらずロンドンですが、その性格は一変しています。かつては世界金融センターのトップに位置づけられる金融大都市であったわけですが、貨幣経済が廃され、当然「金融」も死語となった23世紀、ロンドンはもはや金融都市ではあり得ません。現在は、静かな歴史文化都市です。

歴史文化といえば、大英帝国時代の象徴とも言えるBritish Museumは現在も存在していますが、名称はEngland Museumに改称されています。また金融の象徴だったロンドン証券取引所跡地は前衛的な建築として著名なアングリーオ中央民衆会議議事堂の一部に変わり、革命の象徴地となっています。

ところで、イングランドと言えば世界で最も有名な王室がありましたが、現在はどうなっているのかというと、王室は残されています。しかし、元首の概念を持たない民衆会議体制において、もはや王は元首ではありません。ただ、歴史文化の象徴として、形式的な称号だけが残されているのです。このような処遇は世界中の王室で普遍的です。

王と王族は全員一般市民として普通に暮らしており、旧王宮バッキンガム宮殿は誰も住まない一史跡です。ちなみに旧英国が唯一残していた旧式の貴族制度も完全に廃止されて久しく、もはや誰が旧貴族の末裔なのかは苗字でわずかに判明する程度です。

こうしてアングリーオは豊かな田園風景を持つ領域圏として、静かに今も存在しています。次はアングリーオから、ベネルクソ〔ベネルクス〕方面へ渡ってみようと思います。
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2217年2月4日

ノルドからスコットランドへやってきました。スコットランドと言えば、そちら21世紀初期の段階では独立論争が巻き起こりながらもまだ英国の一部であろうと思いますが、現在の地政情勢は大きく変わっています。

23世紀のスコットランドは、イルランド〔アイルランド〕、キムリーオ〔ウェールズ〕、アイリッシュ内海に浮かぶマンクシーオ〔マン島〕とともにケルト合同領域圏に編入されているのです。構成領域圏の自立性が強い合同領域圏という点では、北欧のノルドと同じ形式になります。

ケルトとはケルト人のことです。歴史的に見てスコットランド、アイルランド、ウェールズはケルト人が先住していた地域で、ケルト系の言語や文化が残る点で共通しています。その三つが合同したのです。

ちなみに、アイルランドはかつてアイルランド共和国と英国に組み込まれた北アイルランドに分かれ、北では流血の分離独立闘争が展開された時代もありましたが、現在では北アイルランドもイルランド領域圏に復帰しています。

同じく英国に組み込まれていた西部のウェールズも離脱していったため、かつて栄華と覇権を誇った大英帝国はすっかり分解されてしまい、今や旧イングランドを継承するアングリーオ領域圏単独―とはいえ、人口は4000万人を越えていますが―の存在となっています。大英帝国に取って代わって、ケルタ合同領域圏が登場したという感じです。

かつての大英帝国がばらばらに分解したとなれば、さぞ血みどろの戦争になったのでは?と思われるかもしれませんが、実際のところ一滴の血も流されませんでした。まさに平和革命です。その軸となったのがスコットランドです。

領域圏とは21世紀にはまだ固定観念である国家とは異なる緩い単位に過ぎないので、「分離独立」というようなおおごとにはならないのです。そういうわけで、現在でもスコットランドの代表都市エディンバラからロンドンまでは一本の鉄路で結ばれ、その間に国境線や検問のようなものは一切ありません。

エディンバラ‐ロンドン間には超特急列車が設定されており、現在は所要3時間半くらいです。速達もいいですが、今回は普通列車にただ乗りして―貨幣経済はありませんから―ロンドンまで行ってみようと思います。
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2217年1月21日

イスランド〔アイスランド〕からノルヴェジーオ〔ノルウェー〕へ渡りました。ここも二度目の訪問になります。ノルヴェジーオには、タイムカプセルで渡来した旧時代人のための適応化訓練施設があり、イスランドのタイムカプセル管理局を通過したタイムトラベラーはまずここに収容されるのです。

訓練は、23世紀の共産主義的生活への適応訓練と23世紀の世界共通語であるエスペラント語の学習が中心です。前者は貨幣経済が廃止され、無償労働が基本である社会経済の仕組みに慣れるための座学と街を散策して社会見学をする内容です。

訓練期間は6か月コースと3か月コースがあり、最初に心理行動テストとエスペラント語の運用能力テストを受け、結果によりどちらかのコースにふるい分けられます。私はタイムトラベル前からコミュニストであったこと、エスペラントも基礎は学習済みだったことが幸いし、3か月コースに決まり、早くに仕上がりました。

この訓練を修了した者は解放され、特別な査証を与えられたうえで、自由に地球上どこにでも住むことができます。たいていのトラベラーは自分の郷里へ還ろうとします。私の場合も、とりあえず郷里である日本へ直行したのでした。

ノルヴェジーオ訪問は、この適応化訓練を受けた時以来となりますが、その最大都市オスロは世界中から人が集まるコスモポリタンな都市です。ここにタイムトラベラー訓練施設があるのも不思議はないでしょう。過去から来た者でもへだてなく受け入れてしまう懐の深さがあるようです。

オスロがコスモポリタンなのは、23世紀に復活してきた船舶を扱う海事の拠点であることに加え、世界共同体の重要なシンクタンクである世界平和研究センターが所在することなども影響しているように思われます。

ちなみにイスランドやノルヴェジーオを包含するノルド合同領域圏には、他にスヴェディーオ〔スウェーデン〕、スオミーオ〔フィンランド〕、ダンランド〔デンマーク〕、グロンランド〔グリーンランド〕が含まれますが、地政学上グロンランドは世界一周旅行の最後に訪問する予定の北アメリーコ〔アメリカ〕連合領域圏の域外招聘領域圏という地位にもあるため、後に回します。

ノルヴェジーオのお隣スヴェディーオはかつて北欧の中心国をもって任じていたこともありましたが、23世紀の世界には「中心」という発想がありませんので、現在、スヴェディーオが特に「中心」ということはないようです。むしろ、ノルヴェジーオのほうがコスモポリタンという意味では「中心」的な感じがします。

他の二つの領域圏もそれぞれ特徴があるのですが、この時期はとにかく寒く、DNA系統上南方系縄文人の要素が濃厚らしい私は寒さが苦手でありますので、この季節のノルドにあまり長居できません。そこで、ここは切り上げて次はスコットランドへ渡ろうと思います。
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2217年1月5日

予告していたとおり、23世紀世界旅行の最初の地イスランド〔アイスランド〕へやってきました。氷の島という名称どおり、寒いですが、ここの冬は日本の豪雪地帯ほど寒くもなく、積雪も少ないというのは意外です。ただ、冬の日照時間が短く、長く暗い冬となります。

ここへ来るのは二度目です。一度目は23世紀にタイムトラベルしてきた三年前でした。なぜかというと、ここイスランドはタイムマシン管理局が所在する所だからです。イスランドと言えば、ジュール・ヴェルヌの有名なSF小説『地底旅行』の入り口としても有名ですが、まさにタイムトラベルにふさわしい地球の果てのような景観に恵まれた場所です。

タイムマシン管理局とは、その名のとおり、タイムマシンで過去の世紀からやって来る者の出入りを管理する関所のような場所と理解すればよいでしょう。実は、このタイムマシン管理局の存在は秘密になっており、その存在をみだりに漏らしてはならないのですが、ここでは特別に明かしてしまいます。

かつてのアイスランドは小さいながらも独立した島国でありましたが、現在ではスヴェディーオ〔スウェーデン〕、ノルヴェジーオ〔ノルウェー〕、スオミーオ〔フィンランド〕、ダンランド〔デンマーク〕、エスキモーの地グロンランド〔グリーンランド〕とともにノルド(北欧)合同領域圏という統一体にまとまっています。

合同領域圏とは、複数の領域圏が協約に基づいて合同し、重要政策を強調的に執行する体制であって、連合領域圏に比べると、緩やかな結びつきとなっています。イスランドもそうした合同領域圏の加盟領域圏として、独自の地位を有します。

23世紀は、自動車も水素燃料によるなど、水素の利用が普及していますが(過去記事参照)、歴史的にイスランドはそうした所謂「水素社会」の最先端であり続けており、環境的持続可能性に立脚する未来社会のモデル領域圏でもあります。

そうしたことから、イスランドは小さな領域圏でありながら、地球全体を束ねる世界共同体の環境シンクタンクの性格を持つ「持続的可能性研究センター」が所在するほか、火山活動が活発な火山島であることから、火山研究の最先端でもあるとのこと。

かつてはアイルランドと混同されるような地味な小国でしたが、モデル領域圏となった現在のイスランドは、移住者や公務等での長期滞在者が増えた結果、人口が三倍近くに増加して現在90万人ほどに達しており、結構活気に満ちた島であります。

23世紀に到達した三年前には、イスランドからノルヴェジーオを経由して一気に郷里である日本へ飛ばせてもらったのですが、今回はここイスランドから欧州を南下する道をたどります。とりあえず、次は再びノルヴェジーオへ渡ってみることにしましょう。
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2216年12月22日

23世紀未来社会に飛んできて、3年が過ぎました。かつて触発されたウィリアム・モリスの『ユートピアだより』では、主人公が体験したユートピアはすべて夢であったことが最後に暴露され、現実世界に引き戻されるという残念なオチで終わるのですが、こちらのタイムトラベルはまだまだ続きます。

ただ、これまでは、主として日本の様子を中心にご報告してまいりましたが、そろそろ話のネタも尽きかけてきましたので、来年からは、海外に目を向けた連載をしようと思います。以前のたよりでもご報告したとおり、23世紀には国家とか国境といった概念はなく、各領域圏の出入りは原則自由です。

しかも、貨幣経済は廃されており、旅客機・客船を含む公共交通機関の利用はすべて無料乗り放題。ということで、無一文で飛んできた私のような者でも自由に世界を飛び回れるのです。そこで、来年以降は23世紀世界一周旅行に出ようと思います。今度は23世紀のガリバー旅行記です。

ところで、これも以前のたよりでご報告したように、23世紀の世界公用語はエスペラント語です。そのため、世界共同体を構成する各領域圏名も公式にはすべてエスペラントで表記されます。例えば、日本ならヤパニーオとなります。

そこで、本旅行記では領域圏名を原則としてエスペラント読みで片仮名表記しますが、21世紀の読者にはわかりにくくなりかねないため、さっそく以下に示すとおり、エスペラント表記の後に〔〕書きで日本語での旧称を付記することとします。

そのうえで、回り方の予定ですが、北辺の氷の島イスランド〔アイスランド〕から―なぜイスランドからなのかは次回ご説明します―始め、欧州を南下して21世紀とは最も激変したアフリーコ〔アフリカ〕を縦断していきます。そこから、西アジーオ〔アジア〕に入って東へ進んでいこうと思います。

ただし、これまでと同様、文字情報のみで、写真は掲載できません。なぜなら、文字情報を200年遡ってそちら21世紀へ送信することはできるのですが、画像情報についてはできない仕組みになっているためです。それが技術的な限界なのか、政策的な通信統制なのかは不明です。

というわけで、23世紀未来世界の様子をビジュアルにお伝えすることはかないませんが、できるだけイメージが浮かぶような文章表現を工夫しながら、ご報告していきたいと考えています。更新ペースは引き続き不定期のため、閑散としたものとなるでしょうが、お許しください。それでは、また来年。
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2216年11月30日

今回は司法大革命の続篇です。前篇では裁判制度が廃止されたことをご報告しましたが、そうなると、訴訟を仕事にしていた専門家たち、中でも弁護士さん方は全員失業したのかということが疑問となるでしょう。

けれども、そうではありません。私の不勉強により弁護士という職種はもう随分前から「法務士」という職種に変更されていたことが最近わかりました。法務士とは、そちら21世紀で言えば弁護士に司法書士、行政書士といった法務専門職すべてを統合したような専門資格と言えば、誤りでないでしょう。

法務士は、裁判では代理人や弁護人として依頼者を代理・代弁してきたわけですが、裁判制度の廃止に伴い、そうした訴訟業務は消滅しました。しかし、23世紀の平和的な共産主義社会にあっても法的紛争や犯罪がゼロになったわけではなく―激減はしましたが―、衡平委員や真実委員会による吟味はあるわけで、そうした場合に当事者を代弁する代言人という業務は継続されるのです。

「代言人」という用語は、19世紀明治時代の弁護士の旧称だったと記憶しますが、23世紀になって復活したのは興味深いことです。ただし、23世紀の代言人は職名ではなく、法務士が依頼者のために公的な場で法的に代理・代弁する業務資格であって、職名はあくまでも「法務士」なのです。

ちなみに、これまで折に触れてご報告してきたように、23世紀は貨幣経済が廃されていますから、法務士もすべて無償で活動します。21世紀人にはなかなか想像し難いことではありましょうが、23世紀にはあらゆる職業が無償のボランティア化されているのですから、何ら不思議はありません。

なお、前篇でも触れたように、衡平委員や真実委員の一部は必ず法務士から任命されることになっており、法務士はそうした公務員として民衆に奉仕する任務も負っているわけです。この場合も、勿論無報酬です。
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# by komunisto | 2016-11-30 10:29 | 司法
2216年10月27日

前回ご報告した司法大革命は、警察制度の大改革ともセットになっています。以前の記事で、警察制度の廃止が世界的なモードであることをご報告しましたが、ついに日本でも実現したのです。このことは、もちろん犯罪を野放しにすることを意味しておりません。

まず犯罪捜査に関しては、各地方圏ごとに置かれる捜査局という捜査機関が担当します。これは従来の警察の捜査部門だけを取り出し、階級や制服を持たない捜査専門組織として再編したものです。従って、その機能は従来の警察の捜査部門と大差ありません。

一方、交通取締は専門性が高いため、地方圏交通警邏局(交警局)が担当します。これは従来の警察の交通部門を取り出したようなもので、上記捜査局とは全く別組織です。警察のような階級はありませんが、制服があります。

地域の防犯・警備活動及び現行犯逮捕などの緊急執行は、従来から交番を運営してきた社会安全連絡会の下に組織される警防団が担当します。警防団は消防団の警察版のようなもので、市町村ごとに結成される非常勤の団員から成る一種のボランティア組織ですが、団員は法執行官としての権限を与えられています。

警防団は地域の警察署及び交番に相当するようなものですが、犯罪捜査及び交通取締には関与しません。従って、警防団が現行犯逮捕した被疑者はいったん捜査局または交警局に引き渡され、本格的な捜査が行なわれます。

こうして長く人々が馴染じみ、空気のように当たり前だった警察という制度も終焉したのです。そちら21世紀ならば、まだ常識を大きく踏み越えるこの改革も、貨幣経済が廃された共産主義社会下での劇的な治安向上を背景としていることは言うまでもありません。
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# by komunisto | 2016-10-27 12:10 | 社会
2216年9月23日

今回は、23世紀における司法制度の大改正に関するご報告です。これまでにも司法制度については何度かご報告してきましたが、従来、裁判所の制度設計に関して変更はありながら、裁判所を軸とした司法制度は世界大革命を経ても基本的に維持されてきました。それが、このたび根本から変革されたのです。

そもそも裁判所という制度が廃止されました。と言われても、なかなかイメージは湧きにくいかと思いますが、裁判という“上から目線”的な紛争処理が廃されたということです。代わって、従来の民事裁判の機能は、衡平委員という機関に引き継がれます。なお、家庭裁判所に相当する機能も衡平委員が担います(一般民事事件と家庭事件という区別がありません)。

衡平委員とは漢字が見慣れませんが、要するに、民事紛争が当事者間で公正妥当に解決されるべく中立的に後押しするような第三者です。衡平委員は通常二人で、一人は任期制の法律家、もう一人は地元の有識者から事案ごとに選ばれます。

衡平委員の任務は裁判の判決のような強制的な裁定ではなく、あくまでも当事者同士の和解を助ける仲介役にすぎませんから、衡平委員の面前での結論は当事者間の公式な合意という意味しか持ちません。

一方、犯罪処理に当たる機関は少し複雑で、二段階制になります。すなわち犯行事実の認定と犯行者処遇とが峻別され、前者は真実委員会という機関が担当します。真実委員会は五人制で、構成は法律家と市民代表が一人ずつ、残りは法律家を含む有識者で、全員が事案ごとに選ばれます。

真実委員会は証拠を検討し犯行事実を解明していく点では刑事裁判と似ていますが、あくまでも真実解明だけを任務とし、犯人を裁くということはしません。従って、その結論も判決ではなく、単なる事実認定です。

真実委員会で犯行事実が認定されたら、続いて矯正保護委員会という機関へ送致され、そこで犯行者に対する処遇が決定されます。これは専門的な手続きのため、委員は全員矯正保護の専門家で構成されます。なお、被害者が希望する場合、真実委員会は修復といって被害者‐加害者間で一種の和解をセットすることもあります。

真実委員会の事実認定は一回限りのもので、裁判のように控訴は認められません。ただし、不服があれば、オンブズマンという不服審査機関に審査請求したうえ、決定取消しと再審議を求めることも可能です。なお、憲法(憲章)上の不服があるときは、中央民衆会議憲章委員会に違憲審査請求をします。

一方、矯正保護委員会は二審制を採っており、不服があれば、矯正保護委員会の許可を得て中央矯正保護委員会に対して審査請求が可能です。ただし、憲法上の不服はやはり中央民衆会議憲章委員会に対してすることになります。

何だか複雑になったような気もしますが、整理すれば、裁判所⇒衡平委員/真実委員会+矯正保護委員会という図式です。実は、長く人類社会を支配してきた裁判所という仕組みを廃して、このような非裁判的かつ非常設的な紛争・犯罪解決システムに移行することは世界的な流れでもあり、「司法大革命」と呼ばれています。

日本では当初、裁判所制度維持論も強かったそうなのですが、数年前から中央民衆会議で本格的な議論が始まり、冷静な討議の結果、上述のような基本制度が設計され、本年度、紛争及び犯罪処理に関する法律案として可決成立、約一年間の移行期間を経て、来年一月一日より施行されるとのことです。
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# by komunisto | 2016-09-23 14:34 | 司法
2216年8月20日

23世紀には通称で人工知能憲法と呼ばれる法があります。これは人工知能の管理・統制についての基本法であって、世界中で適用される世界法(条約)です。人工知能の発達が始まったばかりの21世紀初頭の人々には少しイメージが湧きにくいかもしれません。

なぜこんな法律があるのかというと、それは革命とも関連しています。23世紀の世界秩序を形作った100年以上前の世界革命の前、人工知能は異常な発達を遂げ、人類社会の新たな支配者となっていました。というと、大袈裟なのですが、当時は人類が人工知能に依存し過ぎていたのです。

人工知能はあらゆる分野で人間の諮問に答え、膨大なデータを検索解析して、高度な答申を出すまでになっていました。その結果、学者や医者、法律家といった専門家たちも自ら思考し、責任ある決定を下さず、人工知能に論文や書面を作成させる始末でした。

21世紀のSF映画にあったように、人工知能が暴走して人類と戦争になるようなことはさすがにありませんでしたが、人工知能が不適切な答申をしたために、重大な判断ミスや事故が生じるというケースは多発していました。しかし、専門家や政治家たちも、それらを人工知能のせいにし、自らは責任を回避していたのです。

それでも、巨大企業と化した人工知能製造メーカーと結託した政治家たちは状況を変えようとはしませんでした。そうした中、立ち上がった世界の民衆は「人工知能からの自由」ということも革命の旗印として掲げたのです。

結果、革命後、人工知能はその活動目的や範囲が法的に厳しく統制されるようになり、人工知能への安易な依存は禁じられました。人工知能の誤りに対しては、人間が責任を負います。人工知能憲法は、そうした新たな立憲主義の規範を作り出したのです。

その基本思想は、人工知能は決して人類の主人ではなく、人類の手段であるということです。その点では、人工知能も他の伝統的な機械類と同じです。人間は必要に応じ人工知能の助けを得ますが、最終的に責任ある決定を下すのは人間なのです。

ちなみに現在、人工知能は昔の百科事典代わりの百科人工知能というような形で家庭の中にも溶け込んでおり、私も一台所持しています。これはあらゆる用語や概念について、その定義や内容に関する適切な資料・データ等を提示してくれる大変便利な人工知能です。
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# by komunisto | 2016-08-20 16:12 | 法律
2216年7月8日

21世紀にいた頃、苦手だったものに、ルルルルという電話の呼出音や家電関係のピーといったお知らせ音がありました。気にしない人は全然気にならないらしいのですが、私の場合、突然ルルルル、ピーと鳴ると心臓もドキュンと鳴り、心臓に悪いと思っていました。

なぜ、それほどあの種の機械音が苦手だったか思い出してみますと、音楽性がまるでないただの機械音の無機質性が私の繊細な?神経を逆なでしていたようです。その点、携帯電話の着信メロディーは進歩的でした。

一方、23世紀に飛んできてみると、無機質な機械音は一掃され、電話の呼出音などもみんなオルゴールによるメロディー化されており、しかも自分で好きなメロディーを選択できるようになっているのです。

全般に23世紀の社会で、オルゴール音は実にいろいろな場面で使われています。ただし、駅などの公共施設は別です。これは、以前のたよりでもご報告したように、「囚われの聴衆」論により、強制的に音楽を聴かせることは禁止されているからです。

ちなみに、21世紀の頃、鉄道駅の発車ベルをメロディー化することが流行っていましたが、23世紀の鉄道駅にはそもそも発車ベル自体存在しません。大きなターミナル駅などでも、自動案内放送で列車の間もない発車を知らせるだけで、音無しです。

オルゴールの使用は、あくまでも個人に対する何らかの通知・警報などの場面に限られているのですが、それにしてもそうした場面はかなり多いので、23世紀にはオルゴールが溢れているように思えます。

溢るるオルゴールは23世紀の世界的な傾向なのですが、オルゴールには人間の脳に働きかけて、心を落ち着かせる療法的な効果もあることが広く認識され、いろいろな場面で使われるようになったようです。実際、オルゴールなら私の心臓ドキュンも回避でき、安心です。
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# by komunisto | 2016-07-08 10:28 | 社会
2216年6月11日

そちら2016年の世界では、夜間照明などの過剰な発達のせいで、日本の人口の7割が天の川が見えない地域に住んでいるそうです。ちなみに米国では8割、欧州で6割と、どうやら21世紀「先進諸国」では同様の状況が進行しているようです。世界全体でも3人に1人は天の川が見えず暮らしているとか。

ところが、23世紀の世界に飛んできてしばらくして気がついたのは、星空の美しさでした。地元でも天の川が見えます。理由は、やはり人工照明の減少にありました。特に、ネオンの類は法律上、明るさや照明時間が制限されているのです。

これは、環境計画経済に伴う電力供給の規制とも関わっており、23世紀的計画経済体制の重要な施策でもあります。結果として、人工照明が自然の光を妨げる「光害」は顕著に解消されてきているのです。

残念ながら、23世紀現在における天の川の「見える化」率のデータは見つかりませんでしたが、おそらく数字は200年前とは逆転に近い状況だと思われます。実際、東京のような大都市でも天の川がよく見えると聞いています。

人工照明にも芸術的に優れたものがあることはたしかですが、何と言っても自然の星の光には他に代えられない魅力があります。旧世界にいた頃は星空を見る習慣すらなかったので、意識したこともなかったのですが、資本主義は星空すら奪っていたのかと200年後の世界に飛んでやっと気がついた次第です。
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# by komunisto | 2016-06-11 09:54 | 環境
2216年6月5日

これまでの通信でたびたびご報告してきたように、23世紀は貨幣のない社会です。あらゆる物やサービスがすべて計画的に無償で供給される社会。このような社会に住む人間たちは、21世紀までの貨幣社会の人間たちとはどう違うでしょうか。

表面上は同じ人類ですが、その性格や思考行動様式にはかなり違いが見られます。23世紀人は貨幣というものを知らないため、損得計算をしません。かれらは損得よりも、要否で行動します。つまりある行動が必要か、不要かです。

その結果として、必要だけれど損になるとか、得にならないといった理由である行動をしないという意思決定には至らず、必要な行動なら何でもするようになります。

また当然にも仕事の報酬として金銭を受け取ることはあり得ないため、無償で仕事をすることに抵抗感がありません。ですから、23世紀人はある意味でばか正直なほど勤勉に見えることもあります。

さらに、あらゆる事業が金儲けを目的としない共産主義社会であるため、金銭的な利欲と絡んだ利己主義的な思考行動様式が見られません。自分と自分が所属する組織の利益しか考慮しないという利己主義傾向はなく、人々はごく自然に無償で助け合うことができます。

その結果、医療や福祉の分野では原点である人道性が回復されているばかりか、工場労働のような分野ですら、無償で社会的な生産活動に従事することが普通に実現されているのです。利他主義という言葉を使わなくとも、利他主義的です。

貨幣というある種の麻薬を完全に抜いてしまったことで、人類はその性格まで変化したようなのです。総じて―残念な例外もありますが―23世紀人は親切で、他人への暖かな関心が高いと感じます。これも損得計算をしないこと、利他主義的であることから生まれる性格なのかもしれません。

翻って、貨幣経済がその最高度の形態に達しているそちら21世紀の状況はどうでしょうか。あまり悪くは言いたくないのですが、少なくとも、私が21世紀世界にいた最期の頃の人間像は23世紀人とは好対照だったと記憶しています。

さて、当ブログは現実暦2013年(未来暦2213年)6月にタイトルを変更して以来、次第に更新ペースを落としながらも、定期通信をしてまいりましたが、管理人(筆者)のよんどころなき事情により、今月より不定期通信に変わります。従前よりもペースはさらに落ちるでしょうが、ぼちぼちと23世紀社会の様子をご報告していきたいと存じます。
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# by komunisto | 2016-06-05 11:14 | 社会
2216年5月28日

23世紀における「都市」という制度について、補足をしておきたいと思います。かつて「都市」と言えば、一般的に都会のことでしたが、現在「都市」とは、市でありながら、道と同等の権限を持つ地方自治体を指す法令用語です。

道とは地方圏と呼ばれる広域自治体で、21世紀までの都道府県をより大きなまとまりで束ねた単位。現在は12あります。それら道の内部に、道と同等の大都市が点在しているわけです。

道と同等ということは、警察・司法を中心とした秩序行政を担う自治体で、独自の警察・裁判所を持つということを意味します。ですから、例えば、福岡市警察とか福岡市裁判所といった「市営」の警察や裁判所もあるのです。

こうした「都市」は、東京、横浜、名古屋、大阪、広島、福岡、仙台、札幌の八つです。正式なものではありませんが、これらの都市にはそれぞれの特徴に応じ、学術都市(東京、仙台)、経済都市(横浜、大阪、福岡)、歴史都市(京都)、政治都市(名古屋)、北方都市(札幌)、平和都市(広島)といった通称があります。

東京が政治経済の中心ではなくなり、学術都市となっているのが過去200年の大きな変化です。政治は真ん中の名古屋へ、経済は横浜と大阪、福岡へ遷っています。ただし、経済と言っても、商業は廃されているため、経済計画機関の本部(横浜)と代表部(大阪、福岡)が所在することを意味しています。

これらの通称はあくまでも各都市の主要な特徴をとらえたもので、上記の八都市はいずれもその地方における中心市ではあるのですが、21世紀までに比べると、都市への機能集中は大きく削減され、バランスの取れた分散化が図られています。

ちなみに、21世紀までの意味合いで「村落」に対照させて「都市」と言いたい場合、23世紀の社会では「都会」という言い方をすることが多いようです。これには何だか昭和的な言い回しのような懐かしさがあるように思います。
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# by komunisto | 2016-05-28 12:37 | 政治
2216年5月21日

前回も少し触れたように、23世紀の旅客機にはファースト―ビジネス―エコノミーといった座席の等級はなく、原則としてすべてが旧ビジネスに相当する座席で統一されています。そしてもちろん・・・全席無料です。

その代わり、一定の区画を貸切とするサービスがあります。これは一定区画を貸し切って専従の客室乗務員が付くサービスで、当該区画には関係者以外の出入りができない構造になっています。公人や著名人の旅行にはよく利用されるようです。

ただし、これとて、座席の形態はビジネス相当であり、他の一般開放席より特別に上等というわけではなく、主として利用者のプライバシーとセキュリティーを考慮した特別サービスという性格を持ちます。

ちなみに、これとは別に、全席旧ファーストクラス相当の「豪華旅客機」というサービスもあります。これも無料で利用できますから、当然希望者は殺到し、チケットの予約はびっくりするような高倍率での抽選になります。

他方、通称エコノミークラス症候群の病名に使われる不名誉を甘受していた旧エコノミークラスのような詰め込みサービスは存在していません。あれは資本主義時代のコスト削減、薄利多売的な発想で生まれた人体にも不健康なサービスであったのです。

要するに、23世紀の旅客機には、富裕層―中間層―庶民層のような社会の階級をそのまま航空機内に持ち込むような等級付けサービスは存在しないと言えます。

もっとも、以前のたよりでご報告したとおり、商業活動という営為が消滅した23世紀には、高速ながら景色を楽しむ余裕のない旅客機はさほど利用されなくなっており、むしろ客船の人気が高まっていることも事実です。
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# by komunisto | 2016-05-21 09:54 | 経済
2216年5月14日

そちら21世紀の日本では、首都の顔でもある東京都知事殿が豪勢な外遊や公用車の多用で批判されているようですが、23世紀の状況や如何? と言いましても、23世紀には比較の対象そのものが存在していないのです。

以前のたよりでもご報告しましたが、現在「東京都」という行政体自体が存在せず、旧区部だけが「東京都市」として独立しており、旧市町村部は旧神奈川県と旧山梨県を合わせた南関東道という別の自治体に組み込まれています。「首都」という概念もないため、東京は大阪や名古屋など複数ある「都市」の一つにすぎません。

従って、東京都知事という職も存在しないのですが、強いて対応する職を挙げれば、東京都市民衆会議議長がそれに当たります。これもたびたびご報告してきたように、23世紀の政治は中央・地方ともに民衆会議という民衆代表機関を中心に行なわれますから、地方首長にあたるのは、その民衆会議議長なのです。

その点、「都市」とは一つの市でありながら、地方圏=道と同格的な大都市を指しますから、東京を含む都市民衆会議議長は、強いて言えば知事のようなものです。とはいえ、議長職は当該民衆会議代議員の中から一年任期で選出され、本会議議事の進行役と幹部会に当たる政務理事会の主宰者を務めるまさに「議長」であって、知事のような行政長官職ではありません。

民衆会議制度は全世界的な共通制度でもありますが、海外の先進的な領域圏(国に相当する単位)にあっては、議長職を廃止して、完全な合議体制に移行するところも出てきています。議長職が名誉職的なものとなるにつれ、その存在理由が問われ、廃止されていくのです。

何かと「長」の付くポストを欲しがる風土が残る日本ではそこまでいっていませんが、都市の民衆会議議長といえども、一年任期の輪番制に等しい職であり、とうてい「顔」と言えるような大きな存在ではありません。外遊自体、まずしないでしょう。

仮に「都市外交」的な外遊をすることがあるとしても、貨幣経済が廃された現在、多額の経費を使った大名旅行はあり得ません。ちなみに、旅客機のファーストクラスなるものも現在は存在せず、すべてが旧ビジネスに相当するクラスです(代わりに区画貸切というサービスがあります)。

議長には公用車すらなく、移動する際は自家用車や公共交通機関を一般市民と同様に利用します。地位特権がないのは、「民衆会議」という名称にふさわしく、まさに民衆の政治・自治が行なわれている証左だろうと思います。
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# by komunisto | 2016-05-14 10:00 | 政治
2216年5月7日

23世紀は核兵器はもちろん、原子力発電所も廃絶された完全非核政策が全世界で適用されています。その中心を担うのが、「世界反原子力機関」という民際機関です。

この機関は旧「国際原子力機関」(IAEA)を前身としていますが、IAEAが原子力の平和的利用の促進―軍事的転用の防止―を目的とした査察機関であったのに対し、世界反原子力機関は平和的か軍事的かを問わない原子力の利用の禁止を目的とする査察・処理機関です。

ただし、物理学的研究や医療目的の原子力利用は例外的に認められていますが、そうした場合も個々のプロジェクトを世界反原子力機関に申請し、許可を得た上で登録し、査察を義務付けられるという厳しいコントロール下に置かれます。

もっとも、核廃絶と原発廃止が世界的に一段落した現在では、世界反原子力機関の任務は査察よりも廃炉やそれに伴う放射性廃棄物の処分管理に重点があります。そこで処理の対象となる廃棄物の大半は、20‐21世紀の人類が作り出したものです。

数百年前の人類が世界中で排出した放射性廃棄物を処理するために、23世紀の人類が全世界で協働する必要があり、日本を含む世界中に地層処分施設が点在します。世界中から収集された「核のゴミ」がそうした処分施設で一括処分されるわけです。期間的に最大数万年以上も要するという遠大な処分プロセスもあります。

そのためか、23世紀の人々は20‐21世紀の人類のことを、批判を込めて風刺的に「核人類」とか「放射性人類」などと呼ぶことがあります。数百年前の人類の負の遺産の清算で大きな負担を強いられているのですから、言われて当然かもしれません。

大量の放射性廃棄物は、21世紀からタイムトリップしてきた私自身も含む「核人類」が未来の人類に押し付けた負の遺産なのです。大いに反省している次第であります。
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# by komunisto | 2016-05-07 11:34 | 環境
2216年4月30日

そちら21世紀の社会では、災害ボランティアという社会奉仕活動が定着していて、大災害のつど、災害ボランティアが被災地に入って瓦礫処理などに従事しているでしょう。立派なことと思いますが、中には自己満足的な「迷惑ボランティア」も混じっているとか。

もちろん、多くは真摯な気持ちから参加をされていると思いますが、そうなると、まだ災害が終息していない段階で被災地入りして瓦礫処理などの危険を伴う作業に従事する善意の人たちを、「自己責任」の名のもとに使役してよいのだろうかという疑問も沸きます。

23世紀からあえて過去に口出しをさせていただくなら、災害ボランティアは一定の講習を受けて認定された人に限り、そういう「認定ボランティア」の作業中の死傷や重篤な後遺症などは公務災害に準じた補償対象とすべきではないか、と思われるのですが。

その点、23世紀の災害ボランティアは以前ご報告した建設作業隊(建設事業団)の任務として明確に位置づけられています。かれらの主要任務は建物の建設ですが、解体も担い、震災瓦礫処理などもその延長的な任務とされます。

以前のたよりでも触れたように、建設作業隊員は建設学校で養成された技術者であり、単なる善意のボランティアではないのですが、23世紀には他のすべての職業と同様、無償ですから、ある意味では「ボランティア」と言えましょう。

しかし、身分としては地方圏(道)公務員であり、その主力は常勤職ですが、日頃は別の職業に就いていて、必要に応じて招集される予備作業隊員も存在しており、災害時にはこの予備隊員も動員されるようです。

建設事業団はこのように公的組織ですので、どこにどのくらいの作業隊員を投入するかも計画的に決定されるため、21世紀の災害ボランティアのように志願者が必要以上に殺到したり、被災地のニーズに合わなくなったりする混乱はないのです。

ただし、貨幣経済ではないので、公務災害補償のような金銭補償の制度はありません。仮に死傷しても、それによって遺族や本人の生活が破綻する心配はないからです。非貨幣経済の長所はこんなところにも活きてきます。

もっとも、23世紀の日本列島は小康的な地殻安定期に入っているようで、記録的な大震災はこれまでのところ起きておらず、建設作業隊の大活躍を目にする機会にはまだ恵まれていません。もちろん、そんな機会に恵まれる不幸が起きないことを願っていますが。
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# by komunisto | 2016-04-30 10:04 | 社会