すべてがタダ

2213年6月4日

前回、未来社会はすべての財・サービスが無償で供給される社会だと書きました。それはどういうことか、具体的な経験を書いてみましょう。一番わかりやすいのは、物品供給所での物品の取得方法です。

物品供給所とは、簡単に言えば資本主義社会の商店に当たるものです。しかし、そこで扱う物品は商品ではないから、商店とは呼ばれないのです。物品供給所にはいくつか種類があるのですが、そういう細かい話はおいて、スーパーに当たる「包括供給所」での話に絞ります。

「包括供給所」は今でも通称「スーパー」で、外観も内部もスーパーと変わりません。棚に並んでいる欲しい物品をまとめてカゴに入れます。ここまでは同じ。違うのは会計のレジがないことです。タダなのですから、会計も無用なのは当然でしょう。

とはいえ、すべてがタダでは独り占めされないか。ご心配無用です。取得できる物品には数量規制があるからです。例えば、りんごは一人何個までとか、肉は一人何グラムまでというように。陳列物品にはかつての価格表に代わって、こうした数量表が付けられています。

そのため、棚から取った物品をカゴに入れる際に、カゴに取り付けられた機械で物品名と数量を読み取り、データ化します。そして、最後に出口でカゴ内の物品を自動包装する際に最終チェックがなされる仕組みです。このチェックカウンターを通らないと外に抜けられず、保安ロボットに阻止されます。

しかし、何度も並び直すことでそうした数量規制をかいくぐれないか。ノーです。チェックカウンターでは顔認証システムが作動しているので、同一人物が数量規制を超えると警報が鳴り、ばれる仕組みです。

それでも、すべてタダでは人が殺到しないか。残念ながら、これはイエスです。物品供給所で欲しい物が切れる前に確実に手に入れるには並ぶ必要があり、整理券発行はしばしば見られる光景です。この点は、昔のスーパーより不便を感じる点です。

ただ、目下私の悩みはすべてがタダでもらえてしまうことによる罪悪感です。思わずポケットの中にあるはずもない財布という骨董品を捜してしまうことも・・・。貨幣経済の旧社会育ちの哀しい性でしょう。
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by komunisto | 2013-06-04 10:11 | 経済