広告要らず

2213年9月14日

23世紀の未来社会へ飛んできて、21世紀までの旧社会で慣れ親しんでいた何かを見かけないという気がしていたのですが、それは広告でした。かつて溢れかえっていた商品広告を全く見かけないのです。

これはおよそ商業というものが廃止された以上、必然の結果です。すべての物品・サービスは無償で計画的に供給されるのですから、「買わせる」ための広告は必要とされないのです。

それどころか、いわゆる物品供給所では広告によって人が殺到することを防ぐために、かえって広告は禁じられているほどです。だから、どんな物品が入荷しているかは行って見なければわからないので、この点では時々スーパーの折り込み広告が入ってきた旧世界より不便な感じはあります。

それでも、毎日ポストに投げ込まれる広告の山に苦慮することはありませんし、たびたび番組を中断させるテレビCMや、インターネットの閲覧速度を落とす大量の広告バナーもなく、すっきりした印象です。

ちなみに広告がないということは、広告のキャッチコピーを考案するコピーライターという職業も存在しないことを意味します。

その代わり、電化製品を中心に物品の取扱い説明書は極めて明快で、そうした説明書を専門に執筆する職業が確立されてきています。かつてわかりにくさの象徴だった説明書が今や非常にわかりやすくなっていることは、「メカ音痴」にとっては助かります。

これは文化にも関わる重要な変化で、簡単に言えば、「広告・誘惑の文化」から「説明・納得の文化」への変革があったとまとめることができるでしょう。

ところで、今でも広告を唯一見ることのできる場所があります。それは美術館です。大きな美術館には資本主義時代の代表的な商品広告を集めた展示コーナーがあるのです。広告は今や、近代の古美術品として扱われているわけです。
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by komunisto | 2013-09-14 09:47 | 経済