霞ヶ関は今

2214年5月14日

かつて東京の霞ヶ関と言えば、中央官庁街として有名でした。23世紀の現在、霞ヶ関はどうなっているのか、訪ねてみました。地下鉄の乗換駅がある点は同じでしたが、ひとたび地上に出ると、そこは一変していました。

官庁ビルは消え、マンションや戸建ても立ち並ぶ住宅街と化していたのです。そのわけは、革命後「政府」という組織が廃止されたため、官庁も消滅したということです。今、かつての国会に相当する中央民衆会議は名古屋にあり、ここが立法行政の中心となっています。

旧官庁の多くは政策研究所のようなシンクタンク型研究機関に転換され、名古屋をはじめとする主要都市に分散されていますから、もはや霞ヶ関には跡形も残っていないのです。

官庁街だった頃の霞ヶ関には住宅も商店もなく、均質的な官庁ビルが立ち並ぶいささか画一的で無機質な都市空間でしたが、23世紀の霞ヶ関は緑豊かな住宅街に一変しているわけです。

霞ヶ関から北西方面に出ると、国会議事堂の所在した永田町ですが、ここも民衆代表機関が名古屋に移った今、住宅街が広がっています。旧国会議事堂は歴史的に保存され、憲政博物館となっています。

ちなみに霞ヶ関から北東方面には江戸城跡を利用した皇居が所在していましたが、現在皇居は撤去され、敷地周辺は「江戸城址公園」という広大な緑地公園となり、誰でも自由に散策することができます。

皇居の主であった天皇・皇后夫妻は現在、京都に定められた公邸に居住しています。天皇家は東京から19世紀の明治維新前まで居住していた京都へ戻っているわけですが、そのいきさつについては別の機会にご報告します。
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by komunisto | 2014-05-14 14:00 | 政治