カジュアル社会

2214年9月20日

20世紀以降の世界では、ホワイトカラー男性の業務用「制服」として、世界中で着用が事実上の義務となっていた背広ですが、23世紀にはこのような習慣は廃れ、執務中でもカジュアル服装が常識となっています。

従って、企業とか公的機関などのオフィスでも背広の男性は見かけません。また民衆会議代議員のような政治職もカジュアルで審議に出ますから、まるで町の寄合のような光景になりますが、現在の民衆会議制度は権威ぶった名望家たちの談合だった議会制度とは違い、まさに市民の寄合のようなものなので、全然違和感はありません。

それでは今や背広は完全に廃れたかと言えば、そうでもなく、レセプションや各種の公式行事などに出席する際に着用する社交用の正装としては存続していますが、そういう場ですら、主催者によってはカジュアルを奨励する場合もあるようです。

詳しくは知りませんが、もともといわゆる背広は19世紀に英国貴族の乗馬服だったものが礼服化されたモーニングコートから派生し、20世紀になると米国でビジネススーツ化したのだそうで、本来は貴族服だったものが簡略化されて平民服となったもののようです。

21世紀初頭頃には「クールビズ」などといって冷房節電のため夏場限定のカジュアル執務を許容、あるいは奨励するような現象も広がり始めていましたが、通年カジュアルとなるごく一部の動きにすぎず、保守的な大企業とか官庁などでは背広着用がまだまだ一般的でした。

ある意味で、背広の一般普及は服装の民主化という現象でもあったわけですが、それにしても型にはまった礼服を祖先に持つだけに、まさに堅苦しく、特に夏にはむさ苦しい印象すら与えるものでした。背広は数百年かけて礼服という元の役割に戻っていったと言えるかもしれません。

なお、鉄道員とか警察官に代表されるような文字どおりの制服のほうは今も健在ですが、学校の制服は廃れています。23世紀は人間を型にはめることには強く否定的で、服装の自由は市民的自由の象徴の一つなのです。
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by komunisto | 2014-09-21 09:36 | 社会