子どもは社会が育てる

2214年11月24日

2014年の日本では、依然として悲惨な児童虐待事件が跡を絶たないようですが、23世紀の社会では児童虐待のニュースはほとんど耳にしません。23世紀の親たちはみんな責任感溢れる立派な親揃いなのでしょうか。

たぶんそうではなく、子育て観の大きな変化が影響していると思われます。現在、「子どもは社会が育てる」という考え方が定着しているのです。

その意味は21世紀なら誤解を招く恐れがありますが、親は育児の責任を負わないということではありません。親権とそれに伴う親の養育義務は変わりませんが、子の養育は親のみの責任ではなく、むしろ究極的には社会の責任であるという意味です。

いつの時代であれ、親の養育能力には埋め難いほどの格差があります。頭の下がる立派な親もいれば、無責任極まりない親まで様々です。親になるのに資格や免許は必要なく、誰でもなれてしまうのですから、こうした「親格差」は考えてみれば当然のことです。

そこで、個々の親の養育義務は当然残しつつも、究極のところでは社会が養育するということが明確にされているのです。

具体的には、子どもの権利法という法律があり、これは民法の特例として、親に養育能力がない場合に裁判所の審判で親権を停止したり、剥奪したりすることが親絶対主義だった時代より容易にできるようになっています。

そうして親権者を失った子どもは厳格な適格性審査と講習を受けた里親が引き取って養育する認定里親制度が充実しているため、いわゆる児童保護施設というものは存在しません。ただ、児童擁護センターという機関で一時保護することがあるだけです。

その児童擁護センターは旧児童相談所の機能をいっそう拡充したもので、旧児童福祉司をより専門化した児童保護士が多数配置され、子どもの権利全般の擁護に当たっています。センターは警察機能すら持っており、児童虐待の疑いがあれば令状に基づく家庭への立ち入り調査や人身保護の権限が与えられています。

また前々回報告したように、1歳から保育が義務とされていることも、乳幼児の養育を親任せにせず、学齢前の子どもでも、社会が責任を持って養育するという「子どもは社会が育てる」の具体化と言えるかもしれません。
[PR]
by komunisto | 2014-11-24 09:48 | 福祉