消えたデモ行動

2215年8月17日

21世紀初頭の世界では、世界各地で市民のデモ行動が盛んなようですが、23世紀の世界では同様のデモ行動はほとんど見られません。これはデモ行動が抑圧されているせいではなく、そもそもデモに訴えなければならないような不平不満がないからです。

デモ行動は市民の抗議行動の一形態ですから、デモの発生は抗議したくなるような施政がなされていることの証左です。いわゆる民主主義を標榜していても党派政治が行なわれていれば、党派的な不平不満は避けられません。

これまでにもしばしばご報告してきたように、23世紀には民衆会議を中心とした非党派的な政治が全世界に普及しているため、政治が党派的に左右されることはないのです。利害対立が起きても、抽選制の民衆会議で熟議され、中立的な落としどころが探られ、解決に導かれます。

23世紀の政治学者によると、民衆会議とは旧議会よりも裁判所に近いものだというのです。なぜなら、民衆会議は利害が対立する課題についても党派性抜きに審議し、中立的に結論を下すからです。

またデモによらなくとも、民衆会議への直接的な提議の手段が用意されているので、こうした民衆提議立法もよく行われます。そのように代表機関が文字通り民衆の代表として機能しており、議会制度のように選挙が終われば知らんぷりの間接代表機関とは根本的に異なるのです。

これも政治学者によると、代表者(議員)と一般市民が投票によって間接的にしか結ばれない旧議会とは異なり、民衆会議は代表者(代議員)と一般市民がより直接に結びつく「直接代議制」という理念に基づいているとのことです。

ちなみに、デモの自由は世界で広く認められていまして、21世紀にはデモが抑圧されていたような地域にあっても市民的自由が保障されるようになっていますから、民衆の抗議方法としては有効なのですが、それは奥にしまってあるというわけです。
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by komunisto | 2015-08-17 12:05 | 政治