23世紀世界旅行記(7):チェヒーオ・カイ・スロヴァキーオ合同領域圏

2217年4月29日

前回予告していたとおり、アルポイ〔アルプス〕合同領域圏から鉄道を使って隣のチェヒーオ〔チェコ〕へ入りましたが、正確に言いますと、ここはチェヒーオ・カイ・スロヴァキーオ合同領域圏です。英語風に言い換えれば、チェコ・アンド・スロヴァキアとなります。

すなわち、チェヒーオ領域圏とスロヴァキーオ領域圏が合同したものです。合同領域圏という点では、アルポイなどと同様、緩やかな政策協調の限度内での合同体制ということになります。

実はその昔、20世紀にはチェコスロヴァキアという一つの国(1948年以降は社会主義国)が存在していたことがありましたが、20世紀末、社会主義体制が民衆革命により倒れた後、言わば協議離婚のような平和的な形でチェコとスロヴァキアは分かれ、別々の国として再出発しました。

とはいえ、チェコとスロヴァキアには月とスッポンほどの違いはなく、言葉も素人には同じように聞こえるスラブ系言語です。文化的にも、ともに音楽を中心に芸術が盛んです。町並みもともに歴史的で、中世に戻ったような景観が維持されています。80年間くらい一つの国だったのも不思議はありません。

その後、22世紀の世界革命を経て、チェコとスロヴァキアは世界共同体を構成する領域圏同士として両者の緊密な関係性を見直した結果、完全に一体化はしないものの、緩やかな合同としてのまとまりを取り戻したことになります。それが、エスペラント語で表記し直されたチェヒーオ・カイ・スロヴァキーオなのです。

従って、チェヒーオとスロヴァキーオの境界には控えめな標識があるだけで、完全ノーチェックで往来が可能ですので、私もチェヒーオから鉄道で簡単にスロヴァキーオに移動しました。境界を越えた時にあえて両者の違いを見つけるとすれば、スロヴァキーオのほうがややのどかな感じはします。

さて、スロヴァキーオからさらに北上して次はポランド〔ポーランド〕に向かおうと思いますが、このあたりはかつて「東欧」と呼ばれていた地域に当たります。しかし、23世紀現在、このような地政学概念は存在せず、すべてはエウローポ‐シベリーオ〔ヨーロッパ‐シベリア〕環域圏の一環になります。
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