2013年 04月 13日 ( 1 )

本国の軍事的挑発がきっかけで、改めて朝鮮学校への公費補助が問題となっている。対応は自治体により分かれており、問題の複雑さを示している。

この問題の根本は、そもそも私学助成という不可思議な制度にある。本来、私学は公権力から独立して、学費や寄付に基づく自前の財政基盤を持ちつつ、独自の理念とカリキュラムで運営されるタテマエであって、助成は財政窮迫時等の例外的な制度のはずだ。

ところが、現状では私学助成が当然視されている。そこから選別の問題も発生してくる。朝鮮学校の場合、いわゆる拉致問題や本国の軍事行動が公費助成を打ち切る理由として持ち出されている。

そもそも私学は公教育の不備を補う意義を持つ。公教育が充実してくれば、私学は役割を終える。例外的に残る私学は宗教系や民族系など独自の教育理念を持つ自己完結的な学校に限られる。それらの学校は独自性を保持するためにも、公費助成に依存すべきでない。

日本は先進国といいながら、実は公教育がいまだに不十分なため、多数の私学が公費助成のもとに運営されている状況にある。そのことを当然視せず、公教育を中心に据えた本来的な教育制度のあり方を考えてみたい。 
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