カテゴリ:法律( 14 )

2214年1月14日

冷凍食品への農薬混入事件の捜査は難航しているようですが、仮に誰かが意図的に混入させたのであれば、21世紀の日本では犯罪行為として厳罰に処されることは確実です。しかし、23世紀にはこうした犯罪行為はもはや刑罰の対象ではありません。ということは、犯罪は野放しなのか?

そうではありません。犯罪は取り締まられますが、それに対する処置の仕方が劇的に変化したのです。21世紀人には驚くべきことではありますが、およそ犯罪行為者に対しては、刑罰ではなく、特殊な矯正処分が課せられるのです。

この矯正処分は裁判の判決によって強制され、一定の場所―矯正所ーに拘束されるという形の上では刑罰に似ていますが、罰ではなく、教育・治療的な働きかけを中心とした処分とされます。

制度の詳細についてはまだ不勉強なのですが、基本的に1年から5年くらいを一単位として構成され、矯正の進展具合に応じてそれをさらに更新していくという仕組みのようです。この点でも、初めに懲役何年と決めて、その範囲内で懲罰にかける刑罰(懲役刑)とは異質のものです。

ちなみに、21世紀初頭の時点でまだ日本に残されている死刑という刑罰は、すでに廃止されて100年近くになります。日本で長く固執されていた極刑は、革命後、なおその存続を求めるいわゆる世論とは一線を画す形で、速やかに廃止されました。

かつて死刑に相当したであろう重大犯罪者に対しては、事実上の終身拘禁となる終身監置という処分が課せられます。刑罰で言えばいわゆる終身刑に当たりますが、文字どおりの終身拘禁ではなく、解除・釈放の可能性を残した柔軟な処分だといいます。

このような刑罰なき社会は、日本に限らず、今や世界共通のものです。200年前にはおよそ刑罰を持たない国は、私の知り得た限り、世界に存在しなかったと思いますが、現在では逆転し、刑罰制度は世界から一掃されたのです。

このことは、貨幣の廃止と並び、人類史的な大変革と言えるでしょう。貨幣が人類共通の経済的風習であったとすれば、刑罰は人類共通の法律的風習であったわけですが、それが一掃されたのですから。23世紀人にとって、刑罰は復讐やリンチと重なる過去の野蛮な風習と映るようです。
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by komunisto | 2014-01-14 14:08 | 法律
2213年12月9日

かつて土地を巡る争いは、法的紛争の王様でした。23世紀の現在、こうした土地紛争は存在しません。理由は簡単で、現在土地は誰の物でもない、すなわち野生の動植物と同様に無主物だからです。

このような発想は、旧人類には新鮮に響きます。かつて社会主義体制を自称した国の中には土地を国有化したものもありましたが、土地を無主物とした国は聞いたことがありませんでした。

「土地は私有か公有かは別としても、必ず何者かに属しているべきだ」という固定観念を、未来人は「地球上の大地は野生動物と同様、何者にも属しているべきでない」という簡明な定理によって見事に克服してみせたのでした。

土地は国を含めて何者にも属しないということは、要するに誰も土地の排他的所有権を主張することはできないということです。従って、土地を巡る紛争はなくなります。とはいえ、誰の物でもない土地をどのようにして管理しているのでしょうか。

この点はやや複雑で、土地所有権は認められないものの、土地管理権についてはかつての国に相当する領域圏に一括帰属しており、旧国土庁と不動産登記所を併せたような「土地管理機構」という公的機関が一括して全土の土地を管理しています。この機構は、土地の不法占有のような経済犯罪に対する優先捜査権まで付与された強力な管理機関です。

前回、個人の住宅の敷地面積に制限があると報告しましたが、住宅は所有できてもその敷地は所有できないため、住宅を建てるには敷地利用権を先の機構との間で設定しなければなりません。その敷地利用面積に上限があるわけです。こうした敷地利用制限は個人の住宅以外の建造物についても同様です。

かくして23世紀の世界も所有権を否定はしていませんが、所有の範囲を生活必需物資に限定することによって、所有を巡る無用の紛争の発生を未然に防ぐ知恵を編み出したのだとも言えるでしょう。
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by komunisto | 2013-12-09 15:31 | 法律
2213年9月20日

21世紀の日本では今日から26日まで動物愛護週間だそうですね。知らなかったのですが、このことは動物愛護管理法で正式に定められています。しかし23世紀の現在、そのような特別なキャンペーン週間は必要ありません。動物権利法というさらに進んだ法律があるからです。

これは動物を愛護の対象とするのでなく、対等な人間の仲間として遇する考えに立って動物にも人に準じた権利主体性まで認める法律で、言わば動物版“人権宣言”です。

この法律では動物の野生状態を尊重することが原則とされ、飼育できる動物は法令指定の種に限定されます。そのうえ飼育者には動物の健康維持や埋葬等につき厳格な義務が課せられます。

やや驚かされるのは動物園・水族館に代表される動物の拘束的展示が禁止されていることです。このことは野生状態尊重の趣旨から導かれます。そのため旧動物園・水族館の多くは閉鎖もしくは希少動物の保護繁殖や傷病野生動物の救護を目的とする動物保護センターに転換されています。このセンターは飼育動物を写真やネット動画で公開することはありますが、公開展示はしません。

また動物実験は禁止されていないものの、他に代替し得る方法がない場合に限り、動物実験管理委員会の許可の下に認められるうえ、実験者は実験動物の苦痛の軽減・除去の義務を負います。

また動物の捕食・屠殺については、その動物が主食または主食に匹敵する死活的重要性を持つ場合に限り許されるという基準が適用されるため、かつて日本が槍玉にあげられていた捕鯨のように美食目的での動物の捕食は禁じられています。

興味深いのは「動物司法」という領域です。これは動物を当事者とする一種の民事訴訟で、公益法人である動物権利擁護協会が動物に代わって訴訟を提起する専権を与えられているのです。例えば開発によって生息環境を奪われる恐れのある動物に代わって協会が生息場所の保全を求めて提訴できますし、害獣駆除の差し止めも同様です。

最近も、過保護で殖えすぎ、樹木や農作物を食い荒らすとして駆除されかけたニホンカモシカが差し止め訴訟に勝訴したとの報道がありました。駆除を申請した農業機構は判決に強く反発し、控訴する方針とのことです。カモシカ対ヒトの訴訟合戦、果たして最終的にどちらが勝つのでしょうか。
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by komunisto | 2013-09-20 09:03 | 法律
2213年6月7日

未来社会ではすべての物品がタダで供給されるなら、物品供給所から自由に物品を持ち去ってもお咎めなしなのかという期待?を持たれるかもしれません。

残念ながら、答えはノーです。前回も報告したように、物品供給所では決められた数量の取得をレジで確認・記録するまでは、所有できないからです。

とはいえ、物品供給所からの無断持ち去りは、いわゆる窃盗とも違います。この点、資本主義社会のスーパーで商品を無断で持ち去るいわゆる万引きが窃盗罪として処罰されたのとは異なっています。

やや細かな理屈になりますが、物品供給所の物品は供給所が所有しているのではありません。物品供給所は社会的共有物としての物資を保管・占有しているにとどまります。

ただ、それは法に基づく正当な占有ですから、物品供給所が占有する物品を無断で持ち去ることは許されず、やはり犯罪行為なのですが、個人の家から物を盗む窃盗罪とは異なる「社会的物資横領罪」という罪に当たります。

物品供給所からの無断持ち去りは今でも「万引き」と俗称されていますが、その意味は資本主義時代とは大いに変わったわけです。

ちなみに物品供給所の出入りチェックは意外に厳しく、出入り口には保安ロボット装置が取り付けられています。万引きして通り抜けようとすると警報が鳴るだけでなく、ロボットアームで身柄を拘束されるのです。

こう書くと、未来社会はすべてがタダである反面、厳しい監視・統制社会なのかと思われるかもしれません。決してそうではないのですが、このことについては次回報告します。
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by komunisto | 2013-06-07 11:47 | 法律