カテゴリ:司法( 11 )

2216年11月30日

今回は司法大革命の続篇です。前篇では裁判制度が廃止されたことをご報告しましたが、そうなると、訴訟を仕事にしていた専門家たち、中でも弁護士さん方は全員失業したのかということが疑問となるでしょう。

けれども、そうではありません。私の不勉強により弁護士という職種はもう随分前から「法務士」という職種に変更されていたことが最近わかりました。法務士とは、そちら21世紀で言えば弁護士に司法書士、行政書士といった法務専門職すべてを統合したような専門資格と言えば、誤りでないでしょう。

法務士は、裁判では代理人や弁護人として依頼者を代理・代弁してきたわけですが、裁判制度の廃止に伴い、そうした訴訟業務は消滅しました。しかし、23世紀の平和的な共産主義社会にあっても法的紛争や犯罪がゼロになったわけではなく―激減はしましたが―、衡平委員や真実委員会による吟味はあるわけで、そうした場合に当事者を代弁する代言人という業務は継続されるのです。

「代言人」という用語は、19世紀明治時代の弁護士の旧称だったと記憶しますが、23世紀になって復活したのは興味深いことです。ただし、23世紀の代言人は職名ではなく、法務士が依頼者のために公的な場で法的に代理・代弁する業務資格であって、職名はあくまでも「法務士」なのです。

ちなみに、これまで折に触れてご報告してきたように、23世紀は貨幣経済が廃されていますから、法務士もすべて無償で活動します。21世紀人にはなかなか想像し難いことではありましょうが、23世紀にはあらゆる職業が無償のボランティア化されているのですから、何ら不思議はありません。

なお、前篇でも触れたように、衡平委員や真実委員の一部は必ず法務士から任命されることになっており、法務士はそうした公務員として民衆に奉仕する任務も負っているわけです。この場合も、勿論無報酬です。
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by komunisto | 2016-11-30 10:29 | 司法
2216年9月23日

今回は、23世紀における司法制度の大改正に関するご報告です。これまでにも司法制度については何度かご報告してきましたが、従来、裁判所の制度設計に関して変更はありながら、裁判所を軸とした司法制度は世界大革命を経ても基本的に維持されてきました。それが、このたび根本から変革されたのです。

そもそも裁判所という制度が廃止されました。と言われても、なかなかイメージは湧きにくいかと思いますが、裁判という“上から目線”的な紛争処理が廃されたということです。代わって、従来の民事裁判の機能は、衡平委員という機関に引き継がれます。なお、家庭裁判所に相当する機能も衡平委員が担います(一般民事事件と家庭事件という区別がありません)。

衡平委員とは漢字が見慣れませんが、要するに、民事紛争が当事者間で公正妥当に解決されるべく中立的に後押しするような第三者です。衡平委員は通常二人で、一人は任期制の法律家、もう一人は地元の有識者から事案ごとに選ばれます。

衡平委員の任務は裁判の判決のような強制的な裁定ではなく、あくまでも当事者同士の和解を助ける仲介役にすぎませんから、衡平委員の面前での結論は当事者間の公式な合意という意味しか持ちません。

一方、犯罪処理に当たる機関は少し複雑で、二段階制になります。すなわち犯行事実の認定と犯行者処遇とが峻別され、前者は真実委員会という機関が担当します。真実委員会は五人制で、構成は法律家と市民代表が一人ずつ、残りは法律家を含む有識者で、全員が事案ごとに選ばれます。

真実委員会は証拠を検討し犯行事実を解明していく点では刑事裁判と似ていますが、あくまでも真実解明だけを任務とし、犯人を裁くということはしません。従って、その結論も判決ではなく、単なる事実認定です。

真実委員会で犯行事実が認定されたら、続いて矯正保護委員会という機関へ送致され、そこで犯行者に対する処遇が決定されます。これは専門的な手続きのため、委員は全員矯正保護の専門家で構成されます。なお、被害者が希望する場合、真実委員会は修復といって被害者‐加害者間で一種の和解をセットすることもあります。

真実委員会の事実認定は一回限りのもので、裁判のように控訴は認められません。ただし、不服があれば、オンブズマンという不服審査機関に審査請求したうえ、決定取消しと再審議を求めることも可能です。なお、憲法(憲章)上の不服があるときは、中央民衆会議憲章委員会に違憲審査請求をします。

一方、矯正保護委員会は二審制を採っており、不服があれば、矯正保護委員会の許可を得て中央矯正保護委員会に対して審査請求が可能です。ただし、憲法上の不服はやはり中央民衆会議憲章委員会に対してすることになります。

何だか複雑になったような気もしますが、整理すれば、裁判所⇒衡平委員/真実委員会+矯正保護委員会という図式です。実は、長く人類社会を支配してきた裁判所という仕組みを廃して、このような非裁判的かつ非常設的な紛争・犯罪解決システムに移行することは世界的な流れでもあり、「司法大革命」と呼ばれています。

日本では当初、裁判所制度維持論も強かったそうなのですが、数年前から中央民衆会議で本格的な議論が始まり、冷静な討議の結果、上述のような基本制度が設計され、本年度、紛争及び犯罪処理に関する法律案として可決成立、約一年間の移行期間を経て、来年一月一日より施行されるとのことです。
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by komunisto | 2016-09-23 14:34 | 司法
2216年2月13日

古い刑事ものドラマ(現在では「時代劇」ジャンル)に興味のある23世紀人からホシャクキン(保釈金)について質問されました。なるほど、貨幣経済が廃止されて久しい時代には、金を払って身柄を解放される制度など想像もつかないのでしょう。

保釈金は、金と身柄を交換するある種公的な身代金みたいなものですが、全面解放ではなく、一定の金を積ませれば釈放されても遠くには逃亡しないだろうという期待も込められていることから、貨幣には間接的な身柄拘束力すらあったのだと改めて思い返しました。

翻って、23世紀には被疑者・被告人の保釈をどのように行なっているのか気になって調べてみました。すると、やはり23世紀らしいやり方をしていました。

まず一番簡単なやり方は、単純に保釈することです。これは取り調べや公判には必ず出頭することを条件に身柄を解放する方法です。ただし、正当な理由なくして出頭しなければ、不出頭罪という罪に問われます。軽い罪の場合は、この方法で処理されます。

次に、週一など定期的に所轄警察署に出頭し、身柄確認するという条件で釈放するやり方があります。三回連続で出頭しないと、不出頭罪に問われます。軽い罪でも逃亡の恐れがありそうな場合や、逆に重い罪でも証拠隠滅の恐れがないような場合は、この方法によるようです。

より厳しいやり方は、監視付き釈放というもので、これはGPS発信機を取り付けて居場所を警察が常時監視するという条件で釈放するものです。対象者が発信機を故意に取り外すと、司法妨害罪という罪に問われます。比較的重い罪の場合は、この方法によります。

一番厳しいやり方は、自宅監置です。これは要するに自宅軟禁のことで、二名以上の警察官が常時自宅周辺で監視し、外出を禁止するという条件での釈放です。この方法は対象者が一人暮らしで、自宅の出入り口が少ないなどの物理的条件を満たす必要があるため、ほとんど行なわれず、通常は先に挙げた三つの方法のいずれかとなるようです。

このように細かく段階的に定められた保釈制度に慣れた23世紀人にとっては、保釈金というものは21世紀人にとっての切腹か何かのように「前近代的」な悪法のように映るようであり、件の質問者に説明しますと、驚き呆れた様子でありました。
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by komunisto | 2016-02-13 08:40 | 司法
2215年9月28日

23世紀の司法制度に関しては、これまでにも折に触れてご紹介してきていますが、今日は公証人についてです。公証人とは特定の事実の存在または契約等の法律行為の適法性等について、公的に証明·認証する法律専門家のことをいいます。

この職業そのものの歴史は古く、日本では20世紀初頭から存在していましたから、すでに300年以上の歴史があります。では何が23世紀的かといいますと、その活躍の範囲です。かつての公証人は上の定義のように、まさに公的な証明をする代書人的な存在でしたが、23世紀の公証人は弁護士と並ぶ法曹として位置づけられているのです。

たびたびご紹介しているとおり、23世紀社会は貨幣経済ではありません。よって、司法の世界でも、圧倒的に金銭トラブルの法的処理に携わっていた弁護士の職務内容が大きく変容し、その比重も下がった一方、各種の公的証明に当たる公証人の比重が高まったのです。

それとともに、国家の廃止に伴い、いわゆる役所というものが存在しない23世紀には、役所の公的証明に相当する証明行為も公証人が行なうようになっており、そうした点でも公証人の比重は高まっているのです。

その職務範囲は広いのですが、訴訟業務は現在も弁護士独占領域のため、公証人は訴訟を担当することはできません。しかし法廷に提出する証拠書類の公的証明は重要な任務の一つで、公証人の公証を受けた書類には高い証拠価値が認められるため、弁護士と公証人は提携することが多くなっているようです。

こうしたことから、日本の旧慣ではほとんどが検察官や裁判官の実質的な「天下り」であった公証人の任用方法も大きく変わり、公証人も統一的な法曹資格試験に合格し、所定の研修を受けた者から任用されるようになりました。現在では、弁護士以上に志望者が多いそうです。

ちなみに、日本の旧公証人は公務員で、その事務所は「公証役場」と呼ばれていましたが、23世紀の公証人は弁護士と同様の在野法律家であり、その事務所も「役場」ではなく、「公証事務所」と呼ばれます。ただし、公証という公的業務の性質上、管轄高等裁判所の監督を受けます。

なお、貨幣経済廃止に伴い、公証人が依頼人に金銭報酬を請求することはありません。依頼人から非金銭的な物による報酬を受け取ることも汚職行為として違法ですから、業務はすべて無償で行なわれます(この点は、弁護士についても同様)。
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by komunisto | 2015-09-28 09:13 | 司法
2215年5月19日

23世紀の社会では、200年前には一般常識的に皆がよく知っていた様々な文物制度が廃れていることはこれまでにもいくつかご報告してきましたが、司法の分野では、犯罪の被疑者の公訴を主要な任務としていた検察制度が廃止されています。代わって、民衆公訴制度というものが導入されているのです。

民衆公訴制度とは、犯罪の被疑者の公訴を市民から抽選された陪審員が決定する制度をいいます。そのような陪審のことを起訴陪審とも呼びます。これは起訴された事件を法廷で審理し、判決する審理陪審に対する用語です。

警察が捜査を終えた事件は、いったん管轄の裁判所に送致され、そこで改めて起訴陪審が招集されます。陪審員の任務は民衆会議代議員免許取得者の場合は義務的ですが、それ以外の市民の場合は理由をつけずに辞退することができます。

起訴陪審は23人という大人数から成り、審理は非公開で行われますが、被疑者は弁護人の同席・助力を求める権利が保障されます。起訴陪審の起訴決定は多数決によりますが、12対11という一票差の僅差決定での起訴は認められず、13人以上の賛成という特別多数決によります。

ただし、このように起訴陪審が招集されるのは一定以上の重罪事件に限られ、軽罪の場合は予審判事という予備審理専従の裁判官が起訴を決定します。

どちらの流れにせよ、起訴が決定されると、事件は公判に付せられます。その後、法廷で旧検察官の役を担うのは、民間の弁護士から選任された民衆側代理人です。正式には公訴代理人と呼ばれるこの職務は弁護士の公的義務とされていて、事件ごとに裁判所から弁護士会を通じて割り当てられることになっています。

公訴代理人は原則として一件に付き二人選任され、コンビで当たりますが、大きな事件の場合は三人以上の公訴代理人が選任され、チームで当たることもあります。

以上のような処理がなされるのは一定以上の犯罪の場合で、微罪になりますと、起訴は所轄の警察署長が直接に行います。そして、こうした微罪裁判では公訴代理人は選任されず、裁判官と被告弁護側だけの簡易裁判で処理されます。

このように検察制度が廃され、民衆公訴制度に移行した理由として、民衆主権の原理があります。この原理は政治のみならず、司法にも及びますから、国家が検察官を通して公訴を担う古典的な国家訴追の制度は廃されたわけです。

ちなみに、周囲の人に旧検察制度のことを尋ねてみると、半分ぐらいが「聞いたことはある」との答えでしたが、そのイメージを尋ねると「古い」「後進的」といった回答が大半を占めました。どうやら23世紀人にとっての旧検察制度は、21世紀人にとっての「お奉行様」みたいなイメージを醸し出すようです。
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by komunisto | 2015-05-19 09:43 | 司法
2215年1月25日

20世紀から21世紀にかけて、国際刑事警察機構(インターポール)という国際警察機関があり、国際手配を中心とした捜査協力機関として機能していました。

かつてインターポールはよくドラマやアニメなどにも登場する存在でしたが、実在のインターポールは主権国家間の国際協力機関にすぎなかったため、創作の世界のように自ら逮捕などの強制捜査をすることはありませんでした。

23世紀には、民際捜査機構というインターポールの後身のような機関があります。「民際」と訳されるのは、これまでに幾度も報告しているように、23世紀に「国」という政治体は存在しないからです。

民際捜査機構は、その名のとおり、一個の捜査機関であって、逮捕のような強制捜査権も持っています。国が存在しないため、主権なるものを気にせず、独自に捜査することができるのです。ただし、国に相当する領域圏の捜査機関とは緊密な協力関係にあります。

民際捜査機構は世界共同体の付属機関であり、逮捕状のような令状を発行するのは、世界共同体人権裁判所です。このように、国という枠組みを取り払ったおかげで、かつては創作の世界にしかなかった民際捜査が現実に可能なものとなっているのです。

従って、民際捜査官は警察官そのものではありませんが、強制捜査権を持って世界中で捜査活動をする権限を与えられたエキスパートです。

とはいえ、かつてのように国際的なテロ組織とか麻薬組織といったものは23世紀には見られないため、民際捜査機構の役割は個人の逃亡被疑者の追跡・拘束が中心的なものとなっています。

これについては、前回記事でも報告したように、国境という観念がなく、出入り自由の時代、被疑者の海外逃亡は容易になっているため、海外追跡の切実な必要性が生じているのです。

しかし、21世紀に比べれば、世界中で犯罪が減少しており、民際捜査機構も大忙しというわけではなさそうなのは、23世紀にとって幸いなことと言えるでしょう。
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by komunisto | 2015-01-25 14:29 | 司法
2214年12月22日

23世紀の地球からはおよそ軍隊は消滅したとご報告したことがありますが、ついには軍隊に次ぐ「暴力装置」である警察を廃止する潮流も起き始めていることを知りました。

こうした先進的な社会実験ではかねてより世界をリードしてきた北欧やベネルクスの領域圏ではこのところ、警察廃止が相次いでいます。もちろん警察を廃止して、全く犯罪を取り締まらないということではないのは言うまでもありません。

警察を廃止する代わりに、警察機能を防犯や犯罪捜査に当たる民間団体に委託するのです。ある意味では警察の「民営化」ですが、資本主義のように営利企業の警備会社に委ねるのではなく、あくまでも公益的な民間団体です。

その名称は領域圏により様々ですが、社会安全協会とか公共安全協議会といった名称が与えられています。この点、以前ご報告したように、日本でも交番の運営は社会安全連絡会という民間団体に委託されており、警察業務の一部民営化は実現していますが、それを全面化するのが警察廃止です。

そうすると、身柄拘束などの強制処分をすべて民間人がするのかということになりますが、警察を廃止した場合、強制処分は裁判官の権限とされ、民間団体の捜査員は裁判官の令状の執行のみを受け持つことになるようです。

民間団体とはいえ、その要員は治安業務のプロとして専門的な訓練を施されるので、実質は旧警察と変わりないとも言えますが、ともかく、警察というしばしば人権侵害の温床ともなってきた「暴力装置」を廃し、民間の手に委ねるということには大きな意味があると考えられます。

日本は今のところ、こうした潮流に加わることに慎重なようですが、民衆会議では担当の公安委員会で予備的な議論が始められているとのことで、その行方が注目されます。
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by komunisto | 2014-12-22 11:31 | 司法
2214年12月10日

23世紀の公権力制度の中で、一番姿を大きく変えたのは、司法でしょう。21世紀までは、いわゆる三権の中で最も民衆から遠い位置にあった司法ですが、23世紀の司法制度は「民衆司法」とも呼ばれ、民主化が徹底されています。

まず、司法の頂点にあるはずの最高裁判所といういかめしい制度が消滅しています。では司法の頂点はどこにあるかといいますと、民衆会議です。国会に相当する中央民衆会議の司法委員会及び憲法委員会という機関が旧最高裁の役割を果たします。

つまり、国会が最高裁を兼ねているようなものです。ただし、裁判をするのは通常の代議員ではなく、法律家の資格を持った特別代議員が判事として裁判に当たります。ちなみに、憲法裁判は別立てで上記憲法委員会が審理します。

これに対して、下級裁判所のほうは地方圏と呼ばれる旧都道府県に相当するような広域自治体に属していて、全体の司法監督は地方圏民衆会議が行います。

つまり、上告審は中央民衆会議が直接担当し、下級審は地方圏民衆会議が管轄する下級裁判所が担当するという形で、司法分権がなされているということになります。

このように、あえて三権分立という古典的なシステムを壊して、中央民衆会議が最高司法権を掌握しつつ、司法分権により下級裁判権を地方圏に移譲するという制度を採用することで、司法を民主化しようとしているのです。

ただ、司法には中立性が要求されることから、民主化にはそぐわないという観念がかつては根強くありました。たしかに政党政治の下では、司法の民主化は中立性の喪失というリスクを伴います。

しかし、現在政党政治は一掃されており、民衆会議のメンバーは代議員免許取得者中から抽選で選出されるシステムですから、司法に政党が介入する心配はありません。そのため、中立性と民主性の矛盾という問題自体生じないのです。
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by komunisto | 2014-12-10 09:59 | 司法
2214年6月18日

21世紀初頭の刑事ドラマでは科学捜査班の活躍を中心にしたものが流行のようになっていました。当時はあくまでもドラマですから、実際の犯罪捜査で科学捜査が中心になるようなことはなく、捜査の主流は旧来の取調べ中心の司法捜査でした。

200年後の現在では、かつてのドラマの世界が現実のものとなっています。法律上も「科学捜査先行の原則」が明記されており、取調べを中心とする司法捜査の前に、物証の収集とその科学的な分析評価を先行させなければなりません。

こうした原則に基づいて、警察には科学捜査課/部が独立した部署として設置されているのです。これは昔の鑑識課に当たるものですが、より専門的です。

まず科学捜査を担当するのは一般の警察官ではなく、科学者としての経歴を持つ科学捜査官と呼ばれる特別捜査官です。かれらは心理学を含む様々な科学を専門とする科学者であり、警察官とは別枠で採用され、警察官のような階級も持ちません。当然警察の他部署に配属されることはなく、科学捜査部門専従です。

他殺体が発見されたような場合は、まずこうした科学捜査官が先行して物証の収集・分析を行い、犯人像の心理学的なプロファイリングも行った上で、被疑者を絞り込み、司法捜査に移るという段取りとなります。その結果、昔のように強引な取調べで自白を迫るような捜査手法は消滅しています。

被疑者の取り調べに当たっても、その性格の心理学的な分析に基づく取調べ計画が立てられ、場合によっては心理学専攻の科学捜査官が取調べに立ち会うこともあります。否認する被疑者を刑事が取り囲んで怒鳴りつけるような乱暴な取調べはあり得ません。

ちなみに、変死体の検死は警察から完全に独立した検死官が行います。検死官は全員法医学を専攻した医師免許を持つ医官であり、検死官事務所に所属しています。

かくして23世紀の犯罪捜査は科学的な厳密性が増しており、自白偏重捜査による冤罪はもはや過去のものですが、冤罪がゼロというわけではありません。人間のすることですから、科学捜査が誤っていたり、不適切であったりすることもあり、科学捜査も絶対でないことはもちろんです。

ただ、現在では犯罪捜査への応用に特化した「犯罪科学」「犯罪医学」という科学・医学の応用分野が独立した領域として確立されてきており、多くの専門研究者を擁して科学捜査の正確性を高める学問的な努力が日々行われているところです。
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by komunisto | 2014-06-18 11:08 | 司法
2214年1月6日

前回、貨幣経済が廃された23世紀の世界では借財という時に自殺をも招く金銭行為がなくなったことに言及しましたが、そのことは司法のありようにも大きな変化をもたらしています。

借金を中心に金銭関係のトラブルはかつて民事訴訟のほぼすべてと言ってよい原因でしたが、貨幣経済の廃止に伴い、そもそも金銭トラブルが消滅したことで、民事裁判というもの自体の意義が揺らいでいるのです。

現在でも民事裁判制度はありますが、それは主として親族関係のトラブルを解決する最後の手段的な位置づけとなっており、あまり利用されていません。そのため民事裁判は開店休業に近く、まさに閑古鳥が鳴いている状況です。

かつて日本の大都市の大きな裁判所では民事法廷と刑事法廷は別になっていることが多かったのですが、現在では統合されており、第一法廷、第二法廷・・・というように番号がついているだけで、民事裁判も刑事裁判も同一の裁判官ないし裁判官の合議体が一括して審理しています。

ちなみに民事裁判/刑事裁判という言い方も変わり、現在では市民法裁判/犯罪法裁判という言い方をするのですが、圧倒的に犯罪法裁判のウェートが高くなっています。といっても、犯罪が少ないため、こちらもそう大忙しではないのですが。

全般に平穏無事で、紛争の少ない23世紀社会における司法の役割は低下しており、かつて訴訟社会として司法がフル稼働していた北アメリカですら、司法はあまり活用されなくなっているそうです。

司法は貨幣経済の付属物というわけではないとしても、貨幣経済下でカネをめぐる紛争や犯罪が多発する中で特に必要とされる強制権力であったのだということに気づかされます。
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by komunisto | 2014-01-06 10:39 | 司法