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2214年3月31日

昨年6月より「未来社会ブログ」に衣替えして初めての4月を目前に控えています。21世紀の日本では、いまだ4月から新年度という基準が残されていることでしょう。 

そのため、前月の3月は締めくくりの季節ということになる一方、入学や就職の夢破れてか自ら人生を締めくくってしまう人も多く、公式に「自殺対策強化月間」に指定されていたものです。

23世紀の現在、こうした「4月基準社会」はもはや過去のものです。基礎教育の学校関係は9月入学が基本となっていますから、学期も9月基準で組まれており、4月は単に季節の変わり目の通過点でしかありません。

就職に関しては、高等教育としての大学制度が廃止され、生涯教育制度に移行して以降、そもそも「新卒一斉採用」の習慣が消滅したため、官民問わず随時募集・採用が基本です。 

人事の入替えなど業務年度については、現在では単純に1月基準となっていますから、1月期から新年度が始まることになり、4月は特段の意味を持たず、やはり通過点の一つです。

こうして、4月が新年度の開始月でなくなると、3月にも締めくくりの意味は特になく、それは冬が終わって春の始まりを報せるという自然の周期の一つでしかなくなります。

こうして200年後、4月がもはや社会運営の基準季としての意味を失ったのは、世界共同体の創設により、各領域圏の社会運営にも世界標準が適用されるようになったことによるようです。

とはいえ、社会慣習的には日本領域圏の4月には一区切りのリセットの季節という意義はなお残されており、3月から始まる恒例のお花見行楽も盛んに行われています。
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by komunisto | 2014-03-31 10:47 | 社会
2214年3月27日

私が子どもの頃、今も住む地元の地方市にはまだ多くの田んぼや用水路があり、メダカ、カエル、ザリガニなどの小動物は日常風景でした。それが、私が旧世界を離れた21世紀初頭には、田んぼは宅地や駐車場に変わり、小動物たちも姿を消していました。 

23世紀に飛んできた現在、どうなっているのか気になって、かつて田んぼがあったと記憶する地区を散策してみました。すると、何と田んぼが戻っていたのです。おそらく面積はかつてほど広くないと思われますが、田んぼの懐かしい風景は取り戻されています。

駅前や市街地の中心部などは200年前とそう変わらず、開発されたモダンな景観なのですが、一歩郊外へ抜けると田園が広がるというようなコントラストが印象的です。ポストモダン・シティという言い方はされませんが、そう名づけたくなります。

このような地方市における田園風景の復活は、「持続可能的再編」という政策のもと各地で実施されています。この政策は、ただ単に街に緑を増やそうといったレベルでお茶を濁すのではなく、郊外の自然の生態系の回復を目的に掲げています。具体的には、郊外での宅地や事業用地を制限し、田畑や森林の意識的な維持・復活に取り組んでいるのです。

これは資本主義時代の「都市再開発」政策を根本的に転換するとともに、食糧自給率の回復を目指して革命以来100年にわたって取り組まれてきた「農地再開拓」政策とも組み合わさっています。こうした歴史的な努力の結果、革命前には失われようとしていた水田を中心とする自然の生態系が復活してきているのです。

21世紀初頭には絶滅危惧種のレッドリスト入りしていたメダカをはじめ、レッドリストの登録数は激減し、メダカの学校やカエルの合唱が復活しています。すなわち、エコな美辞麗句にとどまらない生物多様性の回復が実現しているということです。
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by komunisto | 2014-03-27 15:24 | 環境
2214年3月23日

23世紀、携帯電話は今や高性能化がさらに進み、一個の小型携帯コンピュータ(通称テレコン)として定着していますが、一方で21世紀には激減していた公衆電話が装いも新たに復活しているのです。

公衆電話ボックスは駅前のような集合場所だけでなく、道路沿いに一定間隔を置いて最低一箇所は設置されており、ここにも計画性の高い23世紀社会の工夫が見られます。

23世紀の公衆電話は高機能化が進んでいます。まずかつては携帯電話の通じにくい場所限定であった衛星電話が常識となっており、すべての機種で海外通話が可能です。機種によっては相手方との対面通話もできます。

また電話ボックス内に携帯電話用の充電装置も備わっているため、充電目的で利用することもできるなど、携帯向けサービスにも対応しており、携帯と接続した対面通話も可能なようです。

細かい話ですが、かつて公衆電話の常備品であった電話帳という冊子はなく、電話番号は備え付けの検索機で検索できますし、災害時に限らず、常時伝言サービスにも対応しています。さらに防音装置も完備していて、隣のボックスの通話が筒抜けというようなこともありません。

公衆電話は携帯電話が操作しづらい障碍者にとっては必需的なのですが、23世紀の公衆電話は番号の音声・ジェスチャー入力も可能な装置が備わるなど、バリアフリー対応も充実しています。

こうして23世紀の公衆電話ボックスはちょっとしたパーソナル通信室のようなもののようです。新しい酒は古い皮袋に入れるなと言われますが、電話ボックスに関する限り、この格言はあてはまらないようです。
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by komunisto | 2014-03-23 14:51 | 情報
2214年3月19日

23世紀の社会でちょっと驚かされることの一つは、電車は乗り放題という「常識」です。これまでにも報告してきたように、23世紀の社会では貨幣交換が廃されていますから、鉄道のような交通機関も無料、つまりタダ乗りできることは「常識」なのです。

となると、鉄道の駅で見慣れた切符売り場とか定期券、乗車カードといった運賃にまつわるシステムは全く存在しないのも当然です。

とはいえ、いきなり入り口からフリーパスでホームに入れるわけではありません。駅にいわゆる改札口というものは存在しないのですが、乗車の際には乗車証明券の発行を受けなければなりません。そのため、昔の切符売り場とよく似た自動発券機の置かれたコーナーがあるほか、カード式の証明券もあります。

何のための乗車証明かと言えば、これは駅や当該路線の利用状況を把握するためのものだそうです。計画経済では貨幣より情報が命ですから、こうした運輸関係のデータも一つの経済情報として収集されているわけです。

さて、かつて都市間鉄道では通勤地獄と呼ばれるような通勤ラッシュに悩まされていましたが、職住近接が進んだ現在、こうした現象は過去のものとなり、朝夕ともゆとりのある混み方です。そのためか、長大編成化の進んでいた大都市の鉄道路線でも、逆に短編成化が進んでいます。

しかし、乗り放題となると、従来とは逆に休日の行楽客が増え、「休日ラッシュ」という現象が起きています。そのため、休日だけ長大編成車両を走らせるような反対の工夫もしているようです。

ちなみに、23世紀の主要な鉄道は、地下鉄も含め、すべてコンピュータ制御による自動運転車両です。ただ、無人ではなく、万一のため、手動運転の技術を持った乗務員―「運転管理士」と呼ばれます―が最低一人は乗務することで安全配慮もなされています。
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by komunisto | 2014-03-19 09:20 | 生活
2214年3月15日

23世紀の社会には透明感があります。その要因を21世紀までとの比較で考えてみると、一つには金銭的な癒着構造の廃絶があリ、もう一つには情報公開制度の発達があると思われます。

貨幣経済下では金銭的な癒着関係のネットワークが社会全体に張り巡らされ、いわゆる政財官の利権トライアングルの形成により、民衆の目の届かない裏側で一体何が行われているのかわからない不透明性の要因となっていました。それは情報公開制度の不十分さともつながっていたでしょう。 

貨幣経済が廃止された現在、こうした金銭的な癒着の構造は解体され、民衆会議で決定される政策にも表裏はありません。政策決定プロセスも公明正大に公開され、バックルームの談合で決められてしまうようなことはないのです。

他方、第二の情報公開制度ですが、これは21世紀当時も理念としては謳われ、関連法規も存在していたものの、一方では外交・軍事分野を中心に厳罰で担保された国家秘密の壁があり、一般行政情報の公開度も秘密主義の風潮が強かった日本では不十分なままでした。

23世紀現在、そもそも軍が世界中で廃止され、外交も、すでに報告したように、世界共同体内の調整的な協商の問題に移り、そもそも秘密の発生する余地がなくなりました。官庁という行政制度も消滅し、代表機関である民衆会議が行政も担う体制が確立されたことで、秘密主義も一掃されています。

情報公開は当然の常識で、それは企業体の情報開示にも及んでいますから、私的な性格の強い企業―自主管理企業と呼ばれます―であっても、企業登記所のオンライン・システムで詳細な企業情報をいつでも閲覧できます。

この点、資本主義的な技術開発競争もないことから、いわゆる企業秘密も存在せず、むしろ新技術は特許化されず世界的に共有されるため、秘密ではなく、開発企業は世界科学技術機関への新技術の開示・登録が義務づけられているほどです。

こうして、23世紀社会の透明感は、やはり貨幣と国家の廃止という二つの革命的な成果から生まれていることが見て取れます。逆に言えば、貨幣と国家の結合が不透明感の源泉だったのです。
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by komunisto | 2014-03-15 08:50 | 社会
2214年3月11日

2014年の日本では、今日で東日本大震災から満三年ですね。儒教的には三年の服喪期間が終わるわけですが、生き伸びた被災者の多くにとって、震災はまだ終わってはいないでしょう。

ハコモノの復興は進む中で、住宅の復興が立ち遅れているからです。同じことは、21世紀半ばにもっと大きな規模で西日本を襲うことになる「南海大震災」でも繰り返されています。

こうしたことが起きがちなのも、資本主義社会では住宅は私有が原則で、公営住宅は例外的だからです。平素はそれでもよいでしょうが、多数の人が私宅を失う大規模災害後の復興過程では、公営災害復興住宅の建設・入居が進まないという大問題を引き起こすのです。

これに対して、共産主義の23世紀社会で安心なことの一つは、平素からの公営住宅制度の発達です。資本主義社会では低所得者向けとされる公営住宅が共産主義社会では住宅の半分以上を占めており、ごく普通の居住形態です。親族間での相続も―事前審査はありますが―可能です。

23世紀の憲法では、基本的人権の筆頭に生命と居住の権利が謳われていることから、公営住宅の整備は平素から取り組まれているのです。災害後には、ハコモノの前に公営復興住宅の整備が急ピッチで進められます。 

しかも貨幣経済ではないため、「家賃」という制度はありません。そのため民営賃貸住宅という形態も消滅し、民間の貸家というものは住宅所有者が個人的な好意から親族や親友に無償で貸与する場合だけですが、それはそれで助かることです。

こうした充実した住宅保障のおかげで、革命後の22世紀中に起きたいくつかの震災では被災者の生活再建はより円滑に進みました。住居を喪失するホームレスも歴史書にしか出てこない現象です。
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by komunisto | 2014-03-11 12:16 | 生活
2214年3月7日

暮らしの心配がほとんどない23世紀の人間たちも、生きている限り精神的な問題を抱え込み、懊悩することはあります。そういう場合に有効な治療的対応の一つとして、21世紀以前から心理療法がありますが、21世紀の日本ではさほど活用されていたように思えません。  

しかし、23世紀の現在、以前報告したように激減した開業医に代わって街でよく見かけるのは、開業臨床心理士の看板です。こうした臨床心理の療法所は「臨床心理クリニコ」(クリニコはクリニックのエスペラント語)と呼ばれています。

これはその看板どおり、臨床心理士が様々な心理療法を行うクリニックです。かつて臨床心理士は病院などに所属することが多く、開業者は少なかったのですが、現在では逆転して、開業心理士が主流となっています。

ただ、開業するには高いハードルがあるようです。まず臨床心理士の資格自体が医療者と同様に正式な公的資格となっており、医療系専門職学院を修了したうえで、試験と研修が義務づけられます。それだけでなく、開業するには、所定の研修を受けたうえで開業心理士としての上位資格も取得しなければなりません。

このように臨床心理士は、医学的な知識も必要な医療系資格の一つとして確立されているのです。従って、臨床クリニコの心理療法では対応できず、精神・神経医学的な治療を受けるほうが妥当と判断された場合は、医師に紹介状を書くのが一般で、病院とも連携しています。

こうした臨床心理クリニコは、かつてよく見られた精神科クリニックよりも気軽に利用しやすく、精神的な問題を抱えた場合の最初の駆け込み寺のような役割を果たしています。子どもの相談に特化した児童臨床心理クリニコもあります。

ちなみに、23世紀の心理療法では、かつて花盛りだった精神分析はそのエビデンスや「偽りの記憶」などの倫理的な問題から、催眠療法とともに臨床クリニコでの施術が禁止されており、クリニコで施術できる療法は、行動科学を応用した行動療法や認知療法に限られています。
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by komunisto | 2014-03-07 09:59 | 衛生
2214年3月3日

21世紀初頭の世界では、様々な外交的課題が噴出していましたが、どれも解決困難に直面していました。その原因は、各国家が互いに国益を主張し合っていたことでした。23世紀の世界では、このような国益追求競争は消滅しています。

その理由は、すでに幾度か報告しているように、23世紀の世界に国家というものが存在しないためです。国家は領域圏というおおまかな政治単位に置き換えられたうえ、世界共同体という世界組織に統合されました。その結果、いわゆる外交というもののあり方も大きく変わっています。

現在の「外交」とは国益を賭けた国家間の駆け引きではなく、世界共同体の運営そのものです。つまり、世界共同体に属する領域圏間の調整問題にすぎないのです。そのため、外交官という職も大きく変わっています。

23世紀の外交官とは、国に雇用された外務公務員ではなく、世界共同体の協商担当職員です。在外公館というものもなく、各領域圏には世界共同体の代表部が置かれています。外務省に相当する官庁もなく、外交的な問題は内閣に相当する領域圏民衆会議の政務理事会が直担します。

ただし、かつての国際連合大使に相当する職として、各領域圏は旧国連総会に相当する世界民衆会議に大使代議員を送り込んでいます。この職は各領域圏の民衆会議が選出する領域圏の代表者として、世界民衆会議で各領域圏を代表して討議・表決に関わります。

なお、世界共同体は五つの大きなまとまりごとに、環域圏というリージョナルな支分領に分かれており、各領域圏にはこの環域圏の代表事務所が置かれる一方、各領域圏は環域圏民衆会議にも大使代議員を送り込んでいます。

こうして、23世紀の外交は、すべて世界共同体及び環域圏の枠内で、競争的ではなく調整的に処理されていくのです。そのため、「外交」という用語も今日では歴史的なものとなっており、「協商」という言い方が好まれています。

ちなみに現在、世界共同体に属する領域圏は73あるのですが、これでも調整的な協商を行うには多すぎ、しばしば領域圏間の摩擦の原因となっているという指摘もあり、地域統合的な五つの環域圏の役割がより重視されるようになっています。
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by komunisto | 2014-03-03 10:40 | 政治