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2214年4月29日

23世紀の世界で感銘を受けることは、性的少数者の権利が完全に保障されていることです。21世紀にはLGBTと言われていましたが、そんな用語も不要なほど、性的少数者はごく当たり前の存在です。

例えば、かつてはほぼあり得なかった職場や学校での同性恋愛やその結果としての同性パートナーシップもごく普通で、それを奇異に思う人はいません(前にも報告したとおり、現在婚姻制度はすべて公証パートナーシップ制に変わっていますから、同性婚とは呼ばれません)。

各界でも同性愛を公言する人や性別転換した人が普通に活躍し、そのことがあたかもスキャンダルのように騒がれることはありませんし、女装のおネエさんタレントたちが好奇の脚光を浴びるということもありません。

政治の世界でも、かつてほとんど見られなかった同性愛の自治体首長相当職(民衆会議議長)は今や珍しくないのです。海外ではすでに何人も出ていますが、いずれ日本でも性的少数者の元首相当職(中央民衆会議議長)が輩出するでしょう。

社会の性意識の革命的な変化には本当にめざましいものがあり、23世紀はLGBT天国と言ってよいものがあります。今や、憲法にも性的指向による差別禁止が明記されていることも、そうした変化の現われです。

これは日本だけのことではありません。かつて宗教上の理由から反同性愛の風潮が最も強かったイスラーム圏ですら、状況は変わっており、同性パートナーシップももはやタブーではありませんし、それを禁ずることは世界共同体憲章にも反します。

こうした変革の要因は、やはり地球全体が共産化されたことで、宗教倫理的な縛りから人類総体が解放されたこと、人を排除する衝動よりも、共に在ることへの希求が強くなったことの結果と考えられます。
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by komunisto | 2014-04-29 11:58 | 社会
2214年4月24日

「書を捨てよ町へ出よう」とは昭和時代の劇作家・寺山修司の作品のタイトルですが、23世紀の今、「ゲームを捨てよ森へ出よう」が子どもたちの遊びに関する標語です。

21世紀にはめっきり減っていた子どもたちの外遊びが復活しているのです。それを保証しているのは、田園的な自然環境の回復と高度な治安です。

以前にもご報告したとおり、「持続可能的再編」計画により、地方市では郊外の自然環境が回復されていますし、最近知ったのですが、東京のど真ん中ですら小川や小林が回復されているのです。そうした自然は子どもたちの遊び場でもあります。

しかし、子どもたちが林や森で遊ぶと、犯罪に巻き込まれる恐れはないか。これについても、ご報告したとおり、23世紀には犯罪が激減しました。とはいえ、18歳未満の子どもが一人で外出する時には最寄の警察に直通する保安用ポケベルを携帯させることが法律で保護者に義務付けられていますから、万一の備えもあり、安心です。

かくして、21世紀の子どもたちのように、家にこもってゲームに没頭という生活は過去のものになりました。23世紀にもオンラインゲームのような娯楽は相変わらず存在していますが、ゲームのコンセプトは一変しているようです。かつてよくあった戦争ゲームはありません。現実世界で戦争というものが完全に過去のものとなったため、もはやゲームの世界からも戦争は消えたのです。 

代わって人気なのは、オリエンテーリングゲームです。オリエンテーリングとはご承知のとおり、昔からある野外探査のスピードを競うスポーツですが、自然環境の回復に伴い、リアル世界でもブームになっており、オンラインゲームでも人気なのです。

ですが、23世紀の子どもたちは、自然環境と恵まれた治安の下、日が暮れるまで外で遊ぶことが奨励されており、ゲームに費やす時間は200年前と比べ激減しています。
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by komunisto | 2014-04-24 09:11 | 生活
2214年4月19日

23世紀には貨幣交換による商業活動が廃されているため、「商店」が消えるのは当然なのですが、個人で特定物品の無償供給所を運営することは認められています。それでも、こうした特定物品供給所は服飾・宝石関係などの例外的分野にとどまり、かつての八百屋や魚屋のようなものは見られません。

個人商店は前資本主義的な経済の産物ですが、資本主義の時代にも長く生き残り、地域の「商店街」を形成していました。しかし、資本主義の高度化に伴い、巨大小売資本系の大型ショッピング・モールの進出に押され、個人商店は次第に姿を消していきました。

地元でも、すでに私が旧世界を去った21世紀初頭時点で、子ども時代に見慣れた商店街は消滅しつつあったのですが、23世紀の現在、もはや全く見かけません。外見上は、コンビニやスーパー型の物品供給所がすべてです。

今、あえて個人商店に近い存在を探すとすれば、インターネット上の物々交換サイトでしょうか。これはかつての電子商店街の共産版とも言えるもので、個々人がナマものも含め、思い思いの物品を物々交換し合っています。また最近は、バザール式の青空物々交換市も開催されています。

こうした小規模な物々交換を反復継続し専業として行っている人たちも存在し、「交換業者」と呼ばれていますが、さほど多くはなく、かつての小売商人のように一つの階級を形成するほどまとまった存在とは言えません。

共産主義経済は大資本による流通支配を終わらせはしましたが、個人商店の復活にはつながりませんでした。ある意味では、一人で商売する個人商店とは商業の原点であって、貨幣経済の元祖かつ権化だったのかもしれません。それゆえに、貨幣経済の消滅は個人商店の消滅を意味したのです。
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by komunisto | 2014-04-19 12:02 | 経済
2214年4月14日

2014年の日本では、いわゆるSTAP細胞論文をめぐる研究不正問題が長期に及ぶ係争に発展するわけですが、23世紀現在でも研究不正問題はしばしば発生します。しかし200年前ほどの騒動にならないのは、こうした問題を中立公正に裁く仲裁機関が存在するためです。

その名を科学仲裁裁判所と言います。これは各領域圏ごとに一つ設置されていて、日本では横浜に置かれています。「裁判所」といっても、通常の司法裁判所とは全く異なり、実績ある研究者で構成される民間団体である日本学術協会が運営しており、裁判官役を務めるのは、ベテランの研究者と弁護士です。

仕組みはこうです。まず問題の起きた研究機関―人文社会科学系も含む―の内部調査で特定の研究者の研究不正が認定された場合、その研究者が結論に不服であれば、科学仲裁裁判所に提訴し、そこで審理され、改めて正不正の認定がなされます。

自然科学分野に限っては、領域圏科学仲裁裁判所の認定判断に不服のある当事者は、さらに世界科学仲裁裁判所という世界共同体レベルの仲裁機関に控訴することもできます。

この機関は、ユネスコの後身である世界科学教育文化機関に設置された同種の仲裁機関で、裁判官役は世界的な科学者と法律家です。自然科学研究は世界的な影響範囲が大きいことから、このように海を越えた二審制の仕組みとなっているのです。

STAP細胞論文のように、世界的な科学雑誌に掲載され、世界で広く反響を呼んだ論文をめぐる問題などは、こうした二審制の仲裁制度によって解決されるのにまさに打ってつけの案件となるでしょう。

なお、科学仲裁裁判制度はあくまでも研究上の正不正問題に限定しての法廷外裁定制度で、研究不正を理由とする所属研究機関による懲戒処分の適否をめぐる係争は扱いません。こうした労使関係に関わる法的紛争に関しては、通常の司法裁判所の管轄となります。
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by komunisto | 2014-04-14 10:18 | 文化
2214年4月9日

21世紀初頭の日本では、墓地不足や墓地にかかる費用が問題となり、墓無しを選ぶ人も増えていましたが、23世紀現在はどうなっているのか気になり、調べてみました。すると、23世紀人は墓に入るほうが少数派であることがわかりました。

どうしているのかと言えば、山林や海洋、河川などに自然散骨する人が多いのです。自然に還るという発想です。こうした方法は21世紀から徐々に広まっていたものの、宗教的感情がまだ強かったことや、特に山林散骨は近隣住民の反対から禁止される地域もあるなど、限定的でした。

しかし、エコロジーの思想が社会にも広く根付いた一方で、宗教の縛りからほぼ解き放たれた現在、自然に還るという終わり方はごく自然に受け入れられています。そのため、各地の山林には「散骨場」というある種の自然墓地が区画されていて、そのエリア内での散骨は完全に容認されています。

こうしたことが可能になった背景としては、現在すべての土地は誰の所有にも属しない無主物として公的管理下に置かれているという土地制度の革命的変化もあると思われます。

他方で、墓に入る人もまだいますが、墓の形は大きく変化しています。かつての画一的な四角の墓石ではなく、家や乗り物、動物など故人を象徴する様々な形をしたお洒落墓石があり、それ自体がアートになっています。

ちなみに、こうした伝統的な埋葬方法の場合、墓地の有効活用のため個別墓の保存期間が契約上限られており、通常は30年限定です。更新は可能ですが、遺族・子孫が更新しない場合、墓石と遺骨は撤去され、共同納骨堂に移転されます。

こうして、自然散骨といい、期間限定墓地といい、23世紀のお墓事情は、200年前と比べ、拍子抜けするほどあっさりした淡白なもののように見えます。これは、過去200年間における民衆の死生観の変化を物語っているのでしょう。
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by komunisto | 2014-04-09 09:00 | 死生
2214年4月4日

2014年の日本では、歴史ある理化学研究所が発表したいわゆるSTAP細胞に関する論文に不正疑惑が持ち上がり、騒ぎになっているようですが、200年後の今、こうした万能細胞を活用した再生医療は非常に普及しています。

日常的に地域の病院で再生医療を受けられるわけではありませんが、再生医療の専門医を配置した専門病院が集約化されており、そこへ行けば、無償で治療を受けられます。

こうした再生医療の技術的基盤となっているのは、iPS細胞の改良版です。これは21世紀に日本の山中博士がノーベル賞を受賞した技術ですが、当時はまだ医療的実用に至っていなかったのが、200年の間に改良され、より簡単かつ安全に利用できるようになったのです。

その結果、200年前には臓器移植しか治療法のなかった病気も再生医療が利用できるようになり、臓器移植という技術は過去のものとなりましたし、そもそも治療法のなかった筋ジストロフィーのような難治神経疾患も治るようになりました。

ちなみに200年前捏造騒ぎになったSTAP細胞ですが、あのように特許競争と研究資金獲得競争が絡んだ疑惑の研究は、共産主義の23世紀社会ではまず起こり得ません。貨幣経済が廃された現在、研究には「特許」も「資金」もないからです。実用的な研究もすべて無償で、純粋に学問として研究されているのです。

iPS細胞より簡易に作成でき、倫理的な問題を軽減できる万能細胞の研究開発は現在も取り組まれていますが、めぼしい成果は見られません。「人間の複雑な細胞の再生は容易でない」ということは確立された経験則のようです。
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by komunisto | 2014-04-04 10:24 | 衛生