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2214年5月29日

前回、23世紀の介護職の方の言葉を伝えたところ、大変な仕事なのに報酬なしでも短期離職が少ないとは信じ難い、どんな資格と働き方になっているのかとの質問を21世紀の読者より受けましたので、調べてみました。

まず、23世紀の介護職はいくつかの系統に分かれており、最も初歩的なのは「家事援助員」と呼ばれるもので、その名のとおり、高齢者や障碍者宅を訪問して家事の手伝いをするホームヘルパーです。職務内容は家事援助のみで、身体介護はできません。

家事援助員は資格というより、行政主宰の決められた講習を一定時間受ければ誰でもできる仕事です。より本格的な資格として「介助士」があります。これは俗に言う介護士のことです。介助士になるためには、生涯教育機関である多目的大学校や専門技能学校に設置された教育課程を修了したうえで、実技試験に合格しなければなりません。

介護職の働き方は、介護スタチオ(ステーション)に所属するか、もしくは介護付き住宅に勤務するかのいずれかが基本です。家事援助員はパート勤務ですが、介助士は常勤ないし非常勤の正規職員です。ちなみに23世紀社会に介護施設というものは存在しないので、施設勤務という形態はありません。

介護離職者が少ないのは 23世紀には重度の要介護者が少ないため、比較的ゆとりをもって作業できることや、施設勤務というかつて低賃金過重労働の象徴でもあった介護労働が消滅したことも関わっているようです。
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by komunisto | 2014-05-29 10:07 | 福祉
2214年5月24日

23世紀社会は労働が無償化されている、つまりあらゆる仕事はボランティアであるということはたびたびご報告していますが、21世紀の読者から、皆がタダ働きなのに働く意欲を維持していけるとは信じ難いとの疑念が寄せられています。これは私が下手に解説するより、実際に労働者の言葉を紹介したほうがよいでしょう。

Aさん(清掃員)
「仕事の報酬を得たいとは思わない。報酬がないと働かないなんて、動物並みね。清掃の仕事は大変な面もあるけど、環境美化に貢献しているっていう自負が支えよ。」

Bさん(教師)
「子どもの教育は、本来無償のものです。もしこの仕事に報酬があるとすれば、それは教え子がしっかりした大人に成長してくれるということに尽きます。」

Cさん(アーティスト)
「30歳過ぎまで、夢を追っていました。定職がなくても食べていける社会だからこそできたことで、そうじゃなかったら、とっくに夢を諦めていますよ。アートに報酬は必要ない。」

Dさん(私企業員)
「事務の仕事をしています。毎日パソコン画面に向かう単調な仕事ですが、半日しっかり働いて、半日は趣味のサッカークラブでサッカーを楽しむ生活はバランスが取れていて、満足しています。」

Eさん(医師)
「昔の医師は高収入を誇ったというけれども、収入目当てで医師になるなんて信じられない。医師の仕事は患者を治し、病気を予防すること、それが同時に医師としての報酬ではないか。」

Fさん(大工)
「これまで何度も転職を経験してるよ。大工になったのは40代から。腕を磨くことが職人魂で、依頼人が喜んでくれることが報酬だよ。」

Gさん(管理職公務員)
「報酬がないと、管理職を目指すモチベーションがなくなる?それは多少あるでしょうが、今の管理職は地位が高いというよりも、責任が重いのです。報酬で釣ろうとしても無理でしょうな。」

Hさん(介護職)
「介護の仕事は大変ですが、短期で辞める人は少ないです。みんな人のお世話が大好きなので、続けています。報酬はお年寄りの感謝の言葉や満足したお顔でしょうか。」
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by komunisto | 2014-05-24 09:42 | 生活
2214年5月19日

23世紀の芸術文化で目につくのは、美術の隆盛です。街を歩くと、あちらこちらにアートが見えます。まるで野外美術館のようです。商業の消滅によって商業的看板が消えた分、こうした野外アートが埋めているようです。 

個人の住宅ですら、美術的になかなか凝った作りのお宅が多く、目の保養になります。またとかく殺風景なことが多かった公共建造物の内部にもアートが満ちていて、利用者の緊張を和らげます。

美術館も、小さなものを含めると地域にたくさんあり、我が家から歩いて行ける距離にも、地元の美術家の作品を展示する小さな美術館があったりします。もっと大きな有名美術館となれば、事前予約しないと入館できない人気ぶりです。

23世紀人はよほど美術好きと見えるのですが、実際、ある調査によると、23世紀人は芸術系の中では音楽より美術を好むという結果が出ているそうです。

もちろん音楽も廃れていないのですが、何万人も動員するコンサートというものは珍しくなっており、小さなホールや野外ステージのコンサートがよく企画されています。

こんなふうに大衆の芸術的嗜好が音楽から美術に移ってきたのも、経済体制の変化と無関係ではないようです。資本主義時代、音楽は興行として一大娯楽ビジネスでしたが、美術のほうは富裕な愛好家・収集家向けの高踏的ビジネスとなっていました。

ところが、貨幣経済が廃された共産主義時代の今、美術品も金銭評価される高額商品ではなくなり、美術は純粋のアートとして身近な芸術となった反面、音楽ビジネスは廃れ、音楽はすぐれて個人的なものになってきたのです。
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by komunisto | 2014-05-19 14:54 | 文化
2214年5月14日

かつて東京の霞ヶ関と言えば、中央官庁街として有名でした。23世紀の現在、霞ヶ関はどうなっているのか、訪ねてみました。地下鉄の乗換駅がある点は同じでしたが、ひとたび地上に出ると、そこは一変していました。

官庁ビルは消え、マンションや戸建ても立ち並ぶ住宅街と化していたのです。そのわけは、革命後「政府」という組織が廃止されたため、官庁も消滅したということです。今、かつての国会に相当する中央民衆会議は名古屋にあり、ここが立法行政の中心となっています。

旧官庁の多くは政策研究所のようなシンクタンク型研究機関に転換され、名古屋をはじめとする主要都市に分散されていますから、もはや霞ヶ関には跡形も残っていないのです。

官庁街だった頃の霞ヶ関には住宅も商店もなく、均質的な官庁ビルが立ち並ぶいささか画一的で無機質な都市空間でしたが、23世紀の霞ヶ関は緑豊かな住宅街に一変しているわけです。

霞ヶ関から北西方面に出ると、国会議事堂の所在した永田町ですが、ここも民衆代表機関が名古屋に移った今、住宅街が広がっています。旧国会議事堂は歴史的に保存され、憲政博物館となっています。

ちなみに霞ヶ関から北東方面には江戸城跡を利用した皇居が所在していましたが、現在皇居は撤去され、敷地周辺は「江戸城址公園」という広大な緑地公園となり、誰でも自由に散策することができます。

皇居の主であった天皇・皇后夫妻は現在、京都に定められた公邸に居住しています。天皇家は東京から19世紀の明治維新前まで居住していた京都へ戻っているわけですが、そのいきさつについては別の機会にご報告します。
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by komunisto | 2014-05-14 14:00 | 政治
2214年5月9日

23世紀の社会はあらゆる製品・サービスが無償供給されるので暮らしやすいというが、競争的な生産活動がなくなると、品質の低化という問題は起きないか?というご質問を21世紀の読者からいただきました。気が付かなかったので、よい機会と思い、考えてみました。

品質の評価にはどうしても主観的な要素が混じるため、なかなか難しいのですが、あくまでも私自身が20世紀後半から21世紀初頭にかけて暮らした旧世界との比較で言えば、品質はむしろ向上していると感じます。

その理由として、23世紀には多くの分野で職人仕事が復活していることが考えられます。商業活動が消滅し、画一的な大量生産社会から多種少量生産社会に転化したため、職人組合的な生産組織が数多く見られます。そのため、多くの製品がある種の芸術的な価値を帯びた精巧な作りになっているのです。

その反面、機能的にはシンプル化しているようです。商業生産の時代には、他社との差をつけるため、不必要なまでに多機能化された商品が開発されがちでしたが、競争がない現在、そうした多機能化戦略的なものも廃れました。

安全性という面から見ても、製品の安全保証に関する法規制は格段に強化されており、製造物責任法は最大で製造企業の強制解散というペナルティーまで備えた厳しいものとなっています。

無形的なサービスの分野でも、例えば電気・ガスのようなエネルギー供給や交通機関などを見ても、安全かつ安定的に供給されており、特に不満は感じません。

ただ、顧客サービスの側面では、貨幣交換がなく、商品を買わせようとする目的で客に媚びるようなアプローチをする必要もないためか、スタッフの対応が昔より無愛想になった感じはします。そういう意味でのサービス(リップサービス)低下が全般に観察されるのは事実です。 

ともあれ、私も含めた資本主義時代人は「競争が品質を支えている」という神話―競争神話―に陥りがちだったように思いますが、実際は逆で、競争こそがコスト削減圧力から、品質低下・安全軽視の風潮を作り出していたのではないかと思えるのです。

もう少し突っ込んで考えると、無償供給だからこそ、商品としての交換価値(値段)ではなく、製品としての使用価値(値打ち)がストレートに問われるため、製造者は品質管理を云々するまでもなく、製品の命である品質については常に最大限の配慮をするのでしょう。 
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by komunisto | 2014-05-09 08:03 | 経済
2214年5月4日

2014年の日本では、昨日はまだ「憲法記念日」でしたね。「まだ」と書くのは200年後の現在、5月3日はもはや祝日ではなくなっているからです。そして、憲法も全く違ったものとなっています。

2014年の日本では憲法改正論議がやかましくなっているようですが、歴史を先取りしますと、1947年5月3日施行の昭和憲法は結局、2030年までに段階的に改正され、当時の改憲派の標的だった平和主義を事実上放棄した復古調の新憲法が制定されています。現在の憲法はそれからさらに時を経て、民衆革命後の2108年に制定・公布されたものです。

現在の憲法は少し変わっていて、正式名称を「日本民衆会議憲章」といいます。民衆会議というのは、これまでにも何度か報告しているように、23世紀の国会及び地方議会に相当する代議機関のことです。現在「国家」という枠組みは存在しないため、「日本国憲法」という言い方はされないのです。ただ、通称として単に「日本憲法」と呼ばれています。

しかも、全世界が世界共同体という単一の政治組織体に統合されているため、究極の憲法は「世界共同体憲章」なのです。これはちょうど200年前の国際連合憲章に相当すると考えればわかりやすいでしょう。かつての国連憲章にも半ば世界憲法的な意義はありましたが、現在の世共憲章はまさに世界憲法そのものと言えます。

日本を含めた世界共同体を構成する各領域圏の憲法は、世共憲章に則って制定される地域的な憲法のようものです。そのため、世共憲章が全文200条を超える比較的詳細なものであるのに対し、領域圏の憲章は例えば日本の場合、50条程度の簡素なものとなっています。 

日本憲章の内容的な特色として、政体は民衆主権に基づく統合的(非連邦的)な共和政体を掲げ、基本的人権の筆頭ではおよそすべての生物の生命及び生存の権利の至高性をうたうなど、旧憲法とは極めて異なる政治哲学に立脚しています。

ちなみに、昭和憲法では第9条として目玉だった平和主義は一度死にましたが、今やほぼ同じ内容が世共憲章に取り込まれ、全世界における軍隊廃止の共通根拠条文として拡大再生されています。
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by komunisto | 2014-05-04 11:43 | 政治