<   2015年 03月 ( 5 )   > この月の画像一覧

2215年3月26日

『未来社会だより』という当ブログのタイトルについて、これは19世紀英国のアーティスト・作家で社会活動家でもあったウィリアム・モリスの代表作『ユートピアだより』に着想を得たものではないかとのご指摘を21世紀の読者より受けました。

慧眼と博識に敬意を持ちます。モリスの名は21世紀には一部の人々の間でしか知られなくなっていましたので、それをご存知であったとは、相当な方です。たしかに、タイトルは同書から着想を得ました。ですが、内容はかなり違います。

モリスの「ユートピア」は、明らかに全員平等の共産主義的田園ユートピアを想定しています。それは彼が生きていた19世紀後半の英国が世界に先駆けて歩んでいた資本主義産業社会への鋭いアンチテーゼでした。

そのため、モリスの「ユートピア」は結局のところ、一人称主人公の夢幻であったことが結末で明かされます。その終わり方はいささか寂しさを感じさせ、所詮ユートピアなどかなわぬ夢にすぎないのだというペシミスティックなメッセージを読み取ることすら不可能ではありません。

これに対して、当ブログでご報告している23世紀未来社会は、これまでの通信からも明らかなように、高度な共産主義的産業・情報社会であり、農業・手工業中心のモリス的「ユートピア」とは大きく異なります。

23世紀社会は、「ユートピア」=どこにもない理想社会ではなく、23世紀の地球世界に遍く実在する未来社会、理想と現実が統一された未来現実です。それは21世紀までの資本主義産業社会と全面で対立するものではなく、旧時代の成果をもより高い次元で継承した後続社会でもあるのです。

当ブログの各通信では、そうした旧時代からの継承面と革新面とをできるだけ明瞭に切り分けて報告するよう努めてきましたので、そのあたりはある程度お読み取りいただけるかと思います。

このようなモリス的ユートピアとの相違点を別としても、モリス『ユートピアだより』は21世紀時代の私のお気に入りでした。マルクス『資本論』―こちらはある意味、資本主義的ディストピア文学としても読めます―よりも面白く感じたくらいでした。

ちなみに、23世紀の現在、モリスは作家よりもアーティストとして再発見されており、デザインの世界で「新モリス派」が形成されています。『ユートピアだより』については、民主的な農村自治体のあり方として参照されることはあるようです。
[PR]
by komunisto | 2015-03-26 09:33 | 思考
2215年3月20日

遺憾なことに、21世紀は、23世紀から振り返って「テロの世紀」と呼ばれています。何しろ、21世紀最初の年2001年は、資本主義の象徴ニューヨークの世界貿易センタービルを倒壊させたまさに空前の航空突撃テロで幕を開けたのですから。

テロの犠牲はどれも悲惨ですが、中でも観光客の巻き添え死は気の毒です。21世紀は同時に「観光の世紀」でもあり、各国が競争のように観光のビジネス化を進め、観光ブームが起きていましたから、観光客がテロに巻き込まれる危険も増していたのです。

めぼしい産業のない国やすでに斜陽化している国にとっては、観光客の落としていく金は重要な恵みでしたが、一方で観光客の落し物は金だけではありません。ゴミや汚物も落としていきます。それは環境悪化の要因となり、また重要遺跡の汚損等の原因ともなります。

世界遺産云々といって多額の費用を要する保存を義務付けながら、一方で観光による劣化については知らぬふり。こうしたポリシーに、21世紀時代の筆者はどこか偽善を感じていました。

では、23世紀の観光やいかに?以前の記事で、世界が一つになった23世紀には、国というものがなく、従って国境もないので、世界旅行は完全自由というご報告をしましたが、これには重要な留保があります。

たしかに世界共同体を構成する各領域圏は原則出入り自由なのですが、観光目的の入領には毎年何人までと上限を設けるのが決まりです。一方で、長期滞在目的での入領に特段の制限はないのです。これは、21世紀までのやり方とは正反対ですね。

このように観光のような一時滞在目的の入領を制限する理由として、遺跡や保護区の環境保全もあるのですが、もう一つの重要な理由として、これも以前の記事でご報告した貨幣経済の廃止もあります。

現在、どの領域圏でも貨幣なしにあらゆる物が手に入る一方、物の生産量には自ずと限界がありますから、海外から押し寄せる観光客の大量取得による物不足という事態を防ぎたいわけです。

かくして、23世紀の観光は旅行会社を通した商業観光ではなく、各領域圏観光局が直担管理する上限付きの「管理観光」の形をとります。従って、人気の高い領域圏では何年も先まで予約待ちという「行列」ができることも珍しくありません。
[PR]
by komunisto | 2015-03-20 10:49 | 政治
2215年3月14日

以前の記事で、選択的通学制を採る23世紀の学校は生活人として必要/有益な素養の涵養に重点を置き、社会性の涵養については、学校制度と切り離して地域少年団活動が担うと記しました。

この地域少年団というのは、21世紀人には耳慣れないものですが、類似の活動としてはボーイスカウト・ガールスカウトに近いかもしれません。ただし地域少年団は各市町村が所管する公式の制度で、スカウトのように軍隊活動のアナロジーではなく、むしろ非軍事的な自然観察活動のようなものです。

従って、スカウトのような制服の着用はなく、私服で活動します。しかも、単なる任意のクラブ活動ではなく、満8歳から15歳までの少年少女全員が加入を義務付けられる野外活動です。団は各市町村の地区ごとに編成され、数名の成人が指導員として配置されます。

年齢構成は学校と異なり、横断的で、如上の年齢層に含まれる地域の子どもたちが包括的に含まれます。そうすることで、地域の子どもたちの間で擬似きょうだい関係を設定し、社会性を涵養することが目的とされます。

具体的な活動内容は、主に週末を利用して、日帰り、時に一泊で田園や高原、海岸など比較的安全かつ自然環境の豊かな場所で散策活動をします。内容的には自然環境教育に近く、従って指導員もスポーツ指導者ではなく、自然レンジャーのような研修を受けた人が充てられるとのことです。

ただ、活動は授業そのものではないため、「勉強」というよりもレジャー的な要素が強く、近隣地域の子どもたちが遊びを通して社会性を身につけ、併せて23世紀世界の共通原理でもある環境的持続可能性を体得できるように工夫されています。

この活動は義務的ですから、学校では通信制を選択して日頃は自宅学習している生徒も少年団活動には参加しなければなりません。障碍のある子どもも、医学的に参加不能な状態でない限り、平等に参加するため、健常児と障碍児が触れ合ったり、介助したりということがごく自然に行われ、障碍者のインクルージョンにも一役買っているとの指摘もあります。

ところで、週末の子どもたちは塾や習い事に多忙で参加できないのでは?という心配は無用です。人生設計の自由度が驚くほど高い23世紀には、塾や習い事に駆り立てられる子どもは皆無なのです。
[PR]
by komunisto | 2015-03-14 11:13 | 社会
2215年3月8日

23世紀から振り返りますと、21世紀は中国の世紀でした。中国が米国と並ぶ超大国として台頭してきたのです。あれから200年、世界共同体という新たな世界システムの下、以前の記事で報告したように、旧米国は北アメリカ領域圏とアメヒコ領域圏に分割されていますが、中国はどうなっているでしょうか。

23世紀の中国は、中華連合領域圏という正式名称を持つ領域圏に姿を変えて存続しています。連合領域圏とは、かつての連邦制に近い構成体で、高度な自治権を有する複数の準領域圏がまとまって一つの領域圏を構成するものです。中華連合の場合は、現時点では20の準領域圏で構成されています。

領域圏は旧世界人には御馴染みの「国」ではないので、もはや「中国」という略語は使われず、中華連合領域圏を縮めた「中連領」もしくは「中連」という略語が使われるのですが、21世紀の読者にもわかりやすくするため、記事タイトルでは「中国」という旧語を用いておきました。

ちなみに、かつて分離独立運動も盛んで中国当局との衝突もしばしば起きていた西方のチベットとウイグルの両自治区は、それぞれチベット領域圏、ウイグル領域圏として独立の領域圏を構成しつつ、中華連合領域圏とは緩やかな合同領域圏―正式名称はチャイナ‐チベット‐ウイグル合同領域圏―を形成しています。

また台湾については、大陸と平和裏に統合され、中華連合領域圏を構成する準領域圏の一つ(台湾省)として存続しています。

こうした再編は、すべて21世紀末乃至22世紀初頭の世界革命の後、貨幣経済が廃止され、もはや経済的な利害関係にとらわれることなく、民衆の自発的な意思と平和的な協議により一滴の血も流さずに行なわれたのですから、旧世界人にとっては奇跡のように思えます。

ところで、近代中国と言えば共産党と切り離せませんが、中国共産党は現在解散されています。といっても、共産主義でなくなったからではなく、「共産主義が実現されたから」です。これも、一見奇妙なことなのですが、地球が共産化され、グローバルに共産主義が実現された現在、共産党は役割を終えたのです。

現在の中華連合では、世界共同体のシステムの下、各領域圏共通の標準制度となっている民衆会議が基本的な政治制度となっている点では、他の領域圏と変わりありません。ただ、人口は21世紀よりは若干減少したものの、なお10億人を擁する世界最大の領域圏です。

世界最大といっても、連合領域圏における準領域圏の自治権は相当に高度であるため、20の準領域圏はそれぞれが小さな領域圏のようなものですから、現在の中華連合は20の領域圏に分割されたに等しいものです。もちろん、これも民衆の自発的な意思によるもので、帝国主義的な分割とは全く異なるものです。
[PR]
by komunisto | 2015-03-08 11:31 | 政治
2215年3月2日

3月に入ったばかりで少し早いですが、かつて日本の3月は引越しシーズンでもあり、ある種の「民族大移動」の季節でした。21世紀の社会では依然としてそうだと思いますが、23世紀の現在、そのようなことはありません。

その理由として、昨年3月の記事でも報告したように、4月に入社・異動・入学が集中する「4月基準社会」は過去のもので、従って3月も引越しシーズンではなくなっているということがありますが、そればかりでなく、23世紀の人たちはそもそも引越しをあまりしないようです。

一般世帯の引越し理由で一番多いのはやはり転勤・転職だと思いますが、23世紀には転勤がほとんどありません。これは各地に支社や事業所を持つ大企業というものが消滅したことが大きいですが、大規模組織でも地元固定採用が基本のため、転勤に次ぐ転勤ということがないのです。

一方、23世紀の労働者はしばしば転職しますが―ある統計によると、平均して生涯に3.5回―、職住近接を基本とした労働紹介システムが完備しているため、転職する場合でも、近傍で転職するのが一般ですから、やはり転居の必要はないわけです。

その結果、23世紀は産業社会でありながら、農耕社会並みに定住性の強い社会となっているのです。考えてみれば、転勤・転職に伴って、あちこち転居して回るという生活スタイルは、まさに20世紀的な働き蜂社会そのものだったのかもしれません。

とはいえ、諸事情から転居する必要が生じ得ることは23世紀でも変わりませんが、引越しが少なくなった現在、かつて御馴染みだった引越し専門業者も見当たりません。短距離の引越しなら、親族・友人などを頼んで個人的に転居作業する人が多いようです。

すると、21世紀からタイムトリップして来た筆者のように23世紀社会に親族・友人の少ない人間はどうすれば?探してみると、ボランティアで引越し作業を手伝う団体があるようで、こういうところに頼むしかないようです。
[PR]
by komunisto | 2015-03-02 18:08 | 生活