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2215年10月28日

かつてアマゾンやニューギニア、インドのアンダマン諸島などにごくわずかながら、石器時代の生活様式を維持し続ける文明非接触部族と呼ばれる集団がいました。「文明世界」でも貨幣経済が廃止された23世紀、かれらはどうしているのか、気になり調べてみました。

すると、もはや非接触部族というものは存在しないことがわかりました。それは「文明世界」によって踏査・征服されたからではなく、かつての非接触部族たちのほうから接触を求めてきたためだといいます。

非接触部族が長く接触を断っていた理由は、ジャングルの奥深くに住む生活様式のせいもあったでしょうが、それ以上に「文明世界」の貨幣経済から独自の自給自足経済を防衛するという意味もあったようなのです。

たしかに、かれらがひとたび貨幣経済圏と接触を持ってしまえば、部族は貨幣経済に取り込まれ、しかも経済計算に疎いために「文明人」に騙されたり、人身売買の餌食にされたりする運命が待ち受けていたでしょう。

ところが、世界大革命以降、「文明世界」でも貨幣経済が廃されたことで、かれらも長い防御体制を解除することができるようになったのです。といっても、ジャングル生活を捨てて町へ出てきたというわけではなく、ジャングルで伝統的な自給自足を続けながら、町とも交流を持ち、物々交換などをするようになったということです。

面白いことに、従来の「文明世界」に属する地域でも、農漁村では自給自足が再び成り立つようになり、実際に自給自足生活を営む農漁民は増えています。また農漁村に別荘を持ち、週末や休暇の時だけ自給自足を営むというようなライフスタイルも観察されています。

このように、23世紀の社会は計画経済を中核とした「文明世界」の裾野に自給自足経済も包摂されるような構造をしているのですが、こうしたことが無理なく可能になっているのも、「文明世界」が貨幣経済を放棄したことが大きく関わっているのだとわかります。
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by komunisto | 2015-10-28 12:28 | 経済
2215年10月22日

22世紀の世界革命以前の旧人とそれ以降の新人とを分ける大きな相違点として、美意識の有無があります。すなわち、新人は美意識というものを持っていないのです。もっと正確に言えば、新人は美/醜という二元的価値規準を持っていないということになります。

この美/醜の二元的価値規準は長い間、人類共通の価値尺度だとして疑われていませんでした。しかし、実はこれこそがあらゆる差別の源泉であることが明らかにされたのです。当然ながら、美が優等視され、賞賛される一方で、醜は劣等視され、差別されます。

人間の価値評価すら、美男美女が理想的人間として賞賛され、それと対照される醜女醜男は蔑視されるということが当然のごとく行なわれてきたのです。実際上、人種差別や障碍者差別も、その根底には、そうした外見上の美/醜規準があったのです。

しかし、22世紀の世界革命は一面では「反差別」革命でもあったので、差別の根源にある美/醜二元論も批判・克服の対象として、厳しい検証にさらされたのでした。ことに見栄えを理由としたあらゆる美/醜の評価が槍玉に上がりました。

その結果、美人コンテストのようなイベントも差別的な“人間品評会”とみなされ、開催されなくなりました。旧世界では憧れの対象だった美人コンテストは今や、差別に鈍感な旧人の野蛮な風習として否定されているのです。

また美とは何かを追求する学問としての「美学」も批判にさらされ、23世紀には「美学」というものはなくなり、旧美学が扱っていた領域は「芸術学」という学問に吸収されており、その研究主題も「醜」と対照される「美」ではなく、対照項を持たない「芸術性」へと変化しています。

美/醜の二元的対照項がない芸術性ということは、旧人にはなかなか理解が難しいのですが、結果として、旧人的感覚では「美しい」とは評し得ないようなものでも「芸術的」と評されることがあるのです。

このように23世紀の新人には美意識がないといっても、このことはかれらが粗野・無粋であることを意味しません。かれらもすぐれた芸術、ことに美術には旧人以上に傾倒しており、住宅を含む建造物なども極めて芸術的に設計するのです。

ただ、そうした態度を支える価値観はもはや「美」ではありません。従って「美術」とは呼ばれず、「アルト」というエスペラント由来の外来語が使われます。ただ、これまでのたよりの中では、21世紀の旧人読者にもわかりやすいように、「美術」という語を使ってきましたが、これは23世紀の用語ではありません。

人間の価値評価に関しても同じことで、23世紀には美女とか美男その他これに類する俗語の類はほとんど死語と化しており、日常慣用されません。人間を外見のみで賞賛したり軽蔑したりする慣習一切が廃れているからです。

そんなこともあり、旧人の世界ではしばしば外見を理由とする被差別者であった筆者のような人間にとっても、美意識を持たない新人の世界は人目を気にすることなく住みやすく、ある種の楽園です。そちら旧世界へは二度と帰還できないという掟にも何ら悲嘆していません。
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by komunisto | 2015-10-22 08:21 | 思考
2215年10月16日

そちら21世紀の日本では殺人を含む警察官の不祥事が多発し、改めて警察官という職務への関心が高まっているようですので、23世紀の警察官についても調べてみますと、その制度が大きく変わったことがわかります。

警察官は従来の警察官と同様に警察職務の最前線を担いますが、200年前との違いは巡査とか警部とかの階級呼称を持たないことです。もちろん指揮官と属官の区別はありますが、それは形式的な階級によるのでなく、実質的な職務内容によります。

他方、警察官の中でも逮捕状や捜索令状の請求のような司法捜査を指揮できるのは司法警察員の有資格者に限られます。司法警察員は階級ではありませんが、警察官の中でも特別な法的研修を受け、内部的な資格試験に合格した者だけが就くことのできる上級職とされます。

こうした言わば伝統的な警察官のほかに、警察監と呼ばれる管理専門職がいます。警察官と警察監―紛らわしいですが、発音の際のピッチで区別され、「官」は下降調、「監」は水平調で発音されるようです。

警察監とは、名称どおり警察実務の監督を専門とする職務であって、全員が法曹資格を持っています。つまり法律家でもあるわけで、警察官の職務を法律的に監督する仕事です。昔のキャリア警察官と似てはいますが、単なる上級警察官ではなく、法律家である点が大きく違います。

警察監は制服を持たず、警察本部の総監をはじめとする幹部職や警察署長等の監督職に充てられます。ただし初任から5年間は見習いとして警察監補と呼ばれます。また警察署長は警察官の中からその法的識見により抜擢された法曹資格を持たない特例警察監を充てることもできるとされています。

警察官と警察監の関係性を簡単に整理すれば、制服組と背広組と言えるかもしれませんが、それはエリートとノンエリートという階級差ではなく、職能の相違に基づく区別です。警察監が法律的に警察業務を監督することで、警察組織の法令順守を制度的にも担保することに趣旨があると言われます。

このような一見複雑でややこしいシステムも、22世紀の革命後、警察制度そのものの廃止という一部の急進的な議論との相克の中から、新時代における順法的で公正な警察制度として編み出されたものだと言えるでしょう。
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by komunisto | 2015-10-16 10:47 | 法律
2215年10月10日

23世紀の社会に住むようになってしばらくすると、近所で母子家庭が多いように見受けられたのですが、意外なことがわかりました。それは、精子バンクの幅広い普及により、初めからの母子家庭が多いことです。

23世紀の精子バンクは完全に公的な制度として確立されており、不妊症等の問題の有無を問わず、誰でも利用することができるオープンな制度となっています。これにより、実子の出産を望む女性には、パートナーシップを結んで子を生むか、精子バンクを通して子を生むかという二つの選択肢が保障されることになります。

毎年出産する女性の30パーセント近くが精子バンクを利用しているとのことで、母子家庭が多いのも首肯できます。「未婚の母」は決して珍しくも、後ろめたくもないのです。精子バンクの利用率は年々上昇傾向にあるとのことで、将来的には精子バンクを通じて生まれる子どもが半数を超えるとの予測もあります。

精子バンクの仕組みとして、以前は将来、子どもが遺伝上の父親を知る権利に答えるべく、精子提供者は原則として実名で登録しなければならなかったそうなのですが、それでは提供者が限られてしまうということから、実名を明かすかどうかを提供時点で選択できるようになりました。

ただし、匿名の場合でも、年齢(上限は45歳)や職業、出身領域圏などの部分情報は登録し、バンク利用者及び将来の子どもに開示される必要があり、完全な情報秘匿は認められていません。

ちなみに、利用者の中には精子提供者の容姿や人種を知りたい人もいるでしょうが、それを認めると容姿や人種による差別を助長する恐れがあるため、そうした差別につながる情報―差別誘発性情報―については、開示されないことになっています。

21世紀以前の旧人類的感覚からすると、精子バンクを当たり前のように利用する風潮には違和感を覚えるかもしれませんが、これまでにもご紹介してきたように、婚姻という制度が廃止された23世紀の人々にとって両親+子どもという家族構成は決して絶対のものではないようです。

実際、同じ母子家庭でも「離婚」―現行制度ではパートナーシップ解消―という子どもにとってもしばしば辛い過程を経て母子家庭化するよりも、初めから母子家庭のほうがすっきりするという見方もできそうです。

もっとも、精子バンクで生まれたことを知った子ども―知らせることは義務ではありません―がそれをどう受け止めるかは気になるところですが、同じ「仲間」が大勢いることを知れば、衝撃は少ないのかもしれません。
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by komunisto | 2015-10-10 08:16 | 社会
2215年10月4日

23世紀の世界では、法律婚(いわゆる結婚)の制度が廃され、パートナーシップ制度に転換されていることは、これまでにも折に触れてご紹介してきましたが、パートナーシップとは具体的にどんな制度なのかとのご質問を受けました。

簡単に言えば、そちら21世紀の日本では「内縁」と呼ばれているような関係をそのまま正式のパートナー関係に昇格させたようなものとお考えになれば、間違いではありません。ですから、両パートナーは別姓が原則となります。

ただし、パートナーのに関しては両当事者の合意により、いずれか一方の姓に統一する「同姓」を選択することも可能ですので、その場合は表面上日本の旧法律婚と変わらないことになります。

また、パートナーのに関しては、異性間のほかに同性間のパートナーシップも認められています。従って、例えば「同性かつ同姓」というパートナーシップも成立可能です。

このようなパートナーシップと旧婚姻の最も大きな違いは、その手続きにあります。パートナーシップはある種の契約関係ですが、完全な事実上のものではないので、確かにパートナー関係にあることが公に証明されなければなりません。そのため、公証証書によることを要します。

ここで登場するのが、前回ご紹介した公証人です。従って、パートナー関係を結ぼうとする当事者は、まず公証人にパートナーシップ公正証書を作成してもらいます。反対に、パートナー関係を解消する場合も、公正証書による必要があります。このように公正証書が活用されるので、公証パートナーシップと呼ばれます。

パートナーシップの成立及び解消は公正証書だけで有効なのですが、そのままだと、行政上は単身者の扱いとなるので、自治体にも届け出ることが推奨されています。その限りでは、旧届出婚に近似していきます。

ちなみに、公正証書も作成しない純然たる事実上のパートナーシップ関係も禁止されているわけではありませんが、この場合はパートナー関係の証明ができないため、社会生活上単なるルームシェア関係とみなされるなど、多少不便が生じるようです。
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by komunisto | 2015-10-04 10:19 | 法律