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2216年2月27日

23世紀の親子関係は、驚くほど希薄、というよりあっさりしています。現在「子どもは社会が育てる」という理念が定着しているため、子どもは親以上に社会の宝なのです。ですから、子どもは早くから自立していきます。

まず保育が義務化されており、親が働いているか否かを問わず、満1歳から保育所に預けられます(0歳児保育は任意)。従って保育所はもはや託児所ではなく、準教育施設として位置づけられています。

保育所を「卒業」後は、地域に設置された子ども館という施設に子ども養育官が配置され、ひとりひとりの親代わりとなります。両親がそろっている子でも同様です。

さらに、8歳から15歳までの子どもは全員が地域少年団に所属し(上掲子ども館が所管)、週末には団の野外活動に出かけることがあります。地域の子どもたちは擬制的なきょうだい関係とみなされているのです。

成人年齢は現在18歳に引き下がっていますが、成人したら子どもは親の家を出るのが通例であるため、公営住宅には独立したばかりの若年成人専用の住居が用意されています。言わば「独立デビュー」制度です。

独立後も親子の縁が切れるわけではないですが、親が成人した子を送り出した後は、お互い他人同士と割り切って、よほどのことがない限り行き来もしないことは珍しくないようです。

旧世界人からすると、これでは親の無責任を助長するようにも思えますが、むしろ昔、皇族・公家・大名などの貴種階級では、子どもは両親ではなく、乳母など傅育専門官が養育したのと似ているような気がします。現在ではすべての子どもが社会によって養育されるのです。

もちろん親も産み捨てが許されるわけではなく、子どもの「製造元」としての責任はありますが、それはあくまでも社会による養育に協力する―少なくとも虐待や放置のような社会の養育を邪魔するような振る舞いはしない―義務にすぎないのです。

考えてみると、このようなあっさりとした親子関係は、ドロドロとした親子密着関係よりも生物学的に合理的かつ健全のようで、23世紀には近代的核家族関係にありがちな家族病理的な精神疾患が少ないと言われています。
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by komunisto | 2016-02-27 09:23 | 社会
2216年2月20日

21世紀の読者から、カール・マルクスは23世紀にどのような扱いを受けているかとの質問を受けました。私もかねて気になっていながら放置していた問題でしたので、調べてみました。結果は、やや複雑でありました。

23世紀現在の社会は共産主義ですが、いわゆるマルクス主義を標榜するような政党・政治団体は力を持っていません。共産党も存続しているのですが、当ブログでもたびたび言及しているとおり、政党政治は排除されているため、マルクス主義政党が政治に関与することはありません。

といって、マルクスが完全に無視されているわけでもなく、彼は近世共産主義思想の祖という扱いになっています。すなわち、資本主義に対して初めて体系的な批判を加えた先駆者で、それゆえに世間からは認められず、生涯在野知識人として貧困にあえぐことになったとされます。

そうした見地から、マルクスは一種の聖人とみなされ、共産党のようなマルクス主義政党は政治の外にはあるものの、ある種の教会のような役割を果たしています。共産党の地域支部が駆け込み寺のようなよろず相談事業を実施している場合もありますし、共産党トップが社会的な問題についてコメントすると、大きく報じられることもあります。

こうした扱いを見ると、そちら21世紀で言えば、マルクスはキリスト?で、共産党はキリスト教会?になぞらえることができるかもしれません。逆に言えば、その程度のことで、それ以上でも以下でもなく、儀礼的な尊敬の対象なのです。

おそらく現在の発達した共産主義社会はマルクスをも超えてしまっており、もはやマルクスの思想を云々する必要もないのでしょう。従って、学校教育でマルクスの思想が教え込まれるようなこともありません。

共産主義と聞くとすぐにマルクスを想起し、しかもそれに旧ソ連のイメージを重ねてネガティブにとらえてしまう思考習性からすると、23世紀におけるマルクスの扱いはなかなかイメージしにくい微妙なものと思われます。
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by komunisto | 2016-02-20 09:29 | 思考
2216年2月13日

古い刑事ものドラマ(現在では「時代劇」ジャンル)に興味のある23世紀人からホシャクキン(保釈金)について質問されました。なるほど、貨幣経済が廃止されて久しい時代には、金を払って身柄を解放される制度など想像もつかないのでしょう。

保釈金は、金と身柄を交換するある種公的な身代金みたいなものですが、全面解放ではなく、一定の金を積ませれば釈放されても遠くには逃亡しないだろうという期待も込められていることから、貨幣には間接的な身柄拘束力すらあったのだと改めて思い返しました。

翻って、23世紀には被疑者・被告人の保釈をどのように行なっているのか気になって調べてみました。すると、やはり23世紀らしいやり方をしていました。

まず一番簡単なやり方は、単純に保釈することです。これは取り調べや公判には必ず出頭することを条件に身柄を解放する方法です。ただし、正当な理由なくして出頭しなければ、不出頭罪という罪に問われます。軽い罪の場合は、この方法で処理されます。

次に、週一など定期的に所轄警察署に出頭し、身柄確認するという条件で釈放するやり方があります。三回連続で出頭しないと、不出頭罪に問われます。軽い罪でも逃亡の恐れがありそうな場合や、逆に重い罪でも証拠隠滅の恐れがないような場合は、この方法によるようです。

より厳しいやり方は、監視付き釈放というもので、これはGPS発信機を取り付けて居場所を警察が常時監視するという条件で釈放するものです。対象者が発信機を故意に取り外すと、司法妨害罪という罪に問われます。比較的重い罪の場合は、この方法によります。

一番厳しいやり方は、自宅監置です。これは要するに自宅軟禁のことで、二名以上の警察官が常時自宅周辺で監視し、外出を禁止するという条件での釈放です。この方法は対象者が一人暮らしで、自宅の出入り口が少ないなどの物理的条件を満たす必要があるため、ほとんど行なわれず、通常は先に挙げた三つの方法のいずれかとなるようです。

このように細かく段階的に定められた保釈制度に慣れた23世紀人にとっては、保釈金というものは21世紀人にとっての切腹か何かのように「前近代的」な悪法のように映るようであり、件の質問者に説明しますと、驚き呆れた様子でありました。
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by komunisto | 2016-02-13 08:40 | 司法
2216年2月6日

23世紀の世界で目立つ特徴は、敵/味方思考の消滅です。つまり、23世紀人は敵/味方を区別して争うという習性を持たないのです。この点では、ヒトという動物そのものの本質が根本から変化したようにも見えます。しかし、筆者の見るところ、それは本質的な変化ではなく、政治的・政策的な変化がもたらした結果と思われます。

とりわけ、政党政治の廃絶です。政党という党派集団を作り、権力の掌握を目指して抗争するという政治慣習が消滅したのです。これは地球革命の大きな成果でした。党派集団は敵/味方思考を強めます。当然ライバル党派は敵ですが、しばしば同じ党派内部でも党の指導権や路線をめぐり敵/味方の抗争が発生します。こうした敵/味方の峻別は時として流血事態や戦争にもつながります。

もっとも、抽選制による民衆会議の制度が地球的なスタンダードとして定着している23世紀にも政党は存在するのですが、現在の政党は政策提案を主とした政治クラブ的な団体であり、直接に政治に参加することはありません。

政党員がたまたま代議員に就任することがあっても―それは認められています―、代議員は会派を形成することが禁じられ、特定の政党や政治団体の利益代弁者として活動することも固く禁じられているため、政党の影響が民衆会議に流入することはないようです。

従って、民衆会議の審議も、そちら21世紀の国会審議の光景とは大きく異なり、与党と野党が激しく応酬するような場面はありません。基本的に円卓会議の形で、政策そのものを冷静かつ論理的に討議しています。

グローバルなレベルでも事は同じで、国というものがありませんから、大国が陣営を作って互いに抗争するというようなうんざりするパワーゲームはもう見られません。23世紀初頭の世界は対外戦争も内戦も知らない地球史上前例のない平和を享受していますが、これも敵/味方思考の消滅によってもたらされた理想状態と言えます。
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by komunisto | 2016-02-06 14:28 | 政治