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2217年9月16日

ルマニーオ〔ルーマニア〕からハンガリーオ〔ハンガリー〕へ入りました。ハンガリーオへ入る前に通過したルマニーオのハンガリーオ境界地域はトランシルバニーオという準領域圏ですが、ここにはハンガリー系の住民が多く住んでおり、すでにハンガリーオの香りがしていました。

ハンガリーオは欧州の真ん中にありながら、周辺とは異なる独特の言語を持つ領域圏です。そのせいか、現在では伝統的なハンガリー語を第一公用語としつつも、エスペラント語を第二公用語として採用し、普及させていますが、日常的にはやはりハンガリー語が優先使用されます。

その代表都市ブダペストは19‐20世紀には革命や動乱など数々の歴史的事件の舞台となりましたが、23世紀現在は何事もなかったかのように静かに佇む風光明媚な都市です。寡聞にして知らなかったのですが、ハンガリーオは欧州随一の温泉集中地帯で、しかも有名温泉がブダペストにあるのです。

中でも欧州最大規模と言われるセーチェーニ温泉は人気が高く、私も行ってみました。20世紀初頭に建てられた温泉施設の建物が中世のお城のようで豪華です。欧州型温泉ですから水着必着で、温水プールのようなものです。

この温泉には世界で三番目に古いというブダペスト地下鉄1号線で簡単に行くことができます。1号線のトンネルや駅はなるほど古いですが、車両は最新の無人自動運転システムで運行されています。地下鉄の自動運転は23世紀では日本も含め、世界標準の常識なのです。

ちなみに、同じブダペスト市内には、ハンガリーオ最古という16世紀に作られたキラーイ温泉もあります。ここはオスマントルコ支配下でトルコによって作られたため、現在でもトルコ様式の温泉施設が維持されています。

ハンガリーオの魅力はもちろん温泉だけでなく、学術・芸術分野でも多くの先人を輩出してきた学芸の地でもあり、現在でも学芸の香りのする落ち着いた領域圏となっています。もっと長居したいところですが、先を急ぎ、次は南下してクロアチーオ〔クロアチア〕に入ります。
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2217年9月2日

ルマニーオ連合領域圏へやって参りました。ルマニーオはかつてのルーマニアにほぼ匹敵する領域圏ですが、21世紀当時と少し異なるのは、旧モルドバも包摂されていることです。

モルドバは20世紀にはソ連に組み込まれていた小国でしたが、ソ連解体後は他の構成共和国同様に独立していました。ただ、モルドバはその昔モルダビアとも呼ばれ、言語的・文化的にはルーマニアと非常に近く、ほぼイコールと言ってもよいほどです。

19世紀末から20世紀半ばまで、ワラキアと呼ばれていていたルーマニアとともに統一ルーマニア王国を形成したこともありますが、その後分割され、22世紀の世界革命後また再統合されて現在のルマニーオが出来るという複雑な歴史をたどっています。その影響から、現ルマニーオは連邦型の連合領域圏として構成されているわけです。

さらに複雑なことに、旧モルドバ東部ドニエステル河流域のロシア系住民が多い地域チェドネストリーオ〔沿ドニエストル〕特別準領域圏は、高度な自治権をもってルマニーオ領域圏に包摂されつつ、ルシーオ連合領域圏〔ロシア〕の招聘準領域圏でもあるという状況になっています。

このようにルーマニアの領域が膨張することは大ルーマニア主義と呼ばれ、かつては周辺諸国から危険視されていましたが、世界共同体という新しい世界秩序の中では、ルマニーオも世界共同体に包摂される一つの単位にすぎないので、さほど問題化はしませんし、チェドニストリーオの微妙な地位なども世界共同体ならではの芸当と言えるでしょう。

さて、ルマニーオの代表都市は現在もブカレストです。ブカレストは知られざる美術館の街で、多数の美術館があるほか、舞台芸術や音楽も盛んな活気溢れる街です。私のような旧世界人はストリートチルドレンや野犬が多いと聞かされていたのですが、現地の人に聞くと、そんなのは何百年も前(20世紀後半頃)の昔話と一笑に付されました。

ルマニーオを南下すると、一度行ってみたかったバルカン半島へ抜けますが、ここではいったん進路を西へ取り、隣接するハンガリーオ〔ハンガリー〕に向かってみようと思います。
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