「社会的起業」について

「社会的起業」が世界的ブームという。これはバングラデシュのマイクロファイナンス、グラミン銀行が2006年度ノーベル平和賞を受賞したことの影響でもあろう。

こうした「社会的起業」が興味深いのは、資本の形式によりながら、蓄積を目指すのではなく、福利を目指すという点にある。蓄積でなく福利を目指すのは実質上慈善であるが、「慈善」そのものとしてではなく、「資本」としての要素は残しておく。

こういう新しい形態の資本現象をどう見るかは微妙だ。資本主義内部に生まれた資本主義を超克する内在的な変革の動きとして積極に評価すべきか、それとも慈善をすら資本に従属させる新自由主義的な資本主義の肥大化と見るか。

現状ではその両評価を両睨みするしかなさそうだ。結局は起業者自身のスタンスの問題である。意識的に資本による資本主義の超克を目指すのか、それとも慈善のビジネス化を狙っていくのか。

前者であればある種の変革者であるが、社会的企業資本は形式上資本である以上、資本主義の鉄則を無視し切れない。結果、慈善のビジネス化につながる恐れは大きい。とりわけ、労働搾取の問題である。

慈善自体が資本主義の渦中で実質上資本化している例は、日本の「社会福祉法人」や「医療法人」のビジネス的実態にも見られるところである。社会的企業資本はもっと大きな確率で労働搾取による利益追求に走る可能性を否定できず、その未来性を過大評価することには慎重であらざるを得ない。

とはいえ、富裕層の自己宣伝目的の偽善的“慈善”ではない「社会的起業」による福利という道が開けてきていることは、未来先取り的な新しい経済現象として注視するに値するだろう。
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