30歳成人・60歳不惑

今日は「成人の日」。かつての元服式のようなものだが、元服年齢は15歳前後。それが明治時代に制定された現行民法で20歳成人となった。 

平均寿命が延びるにつれ、ひとまず社会に出る基準年齢である成人年齢も引き上がっていく。かつて人生50年かせいぜい60年であった時代の20歳成人は妥当な線だったろうが、現在、人生80年超え時代の成人年齢はもはや20歳ではやや早く、実質30歳成人が妥当ではないだろうか。

ちなみに40歳は「不惑」というが、これも語源を作った孔子の時代、人生50年にも届くか届かないかくらいの頃のこと。ただし、孔子は70歳までのライフステージを論じているから、意外に今日的な長命を前提としていたことになる。

とはいえ、生物年齢としては不惑を超えた筆者であるが、精神的にはとうてい不惑の境地に達しておらず、種々惑うことが多い。人生80年超え時代の不惑は、ようやく60歳くらいかもしれない。もっとも、筆者は人生75年くらいが妥当と考えているのだが、それにしても40歳では不惑に到達しそうにない。

平均寿命が延びるにつれて、人間の成熟―特に精神的成熟―は遅くなる傾向にあるようである。だとしたら、“就活”も“退職”も焦る必要はない。

実質成人の30歳くらいまでは人生の模索期として試行錯誤が保障され、なおかつ真の不惑60歳からの新たな人生の可能性も開けるようなゆとりを持たせた社会経済システムが望ましくはないか。
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