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地球が静止する日

米国のSF映画『地球が静止する日』を偶然テレビで観た。偶然というのは、日頃この手の宇宙人映画は観ないからであるが、今回はたまたまテレビをつけたら始まったので、結局最後までお付き合いすることにした。

この種の映画に通じていないため、本作の評価はよくわからないが、おそらく同ジャンルの作品の中ではあまりよい出来栄えではないのかもしれない。

ただ、地球を救うため人類を滅ぼすべく地球へ飛来したという人間の姿をした主人公の異星人クラートゥの「もはや人類に地球は任せられない」という信念は、意外にリアルに響く。

実際、地球環境問題に関しては散々国際会議が開かれてきたが、自国の経済発展を優先したい各国の利害が対立し、真に実効性のある解決が得られた試しがない。「人類はまだ地球を救えるから、猶予が欲しい」と懇願するクラートゥと親しくなった女性宇宙生物学者ベンソン博士の言葉も虚しく聞こえる。

詳しいプロットは略すが、曲折を経てベンソン博士の懇願を聞き入れたクラートゥ―その経緯はいまひとつ理解しにくいのだが―は、条件付きで人類を救う決断を下す。その条件とは、地球の恒久的な停電であった。やや拍子抜けするが、これもエネルギー問題を考えさせる結末ではある。

本作は1951年に公開された同名SF映画のリメイク版というから、すでにSFというジャンル自体が古典的となった今日では、SF映画というよりも環境映画として観る意義はあるかもしれない。

ちなみに、その前にやはり偶然テレビで観た『Avatar(アバター)』もより話題を呼んだSF映画だそうが、こちらはいよいよ地球資源が枯渇した22世紀という未来に、人類が惑星パンドラに進出し、鉱物資源の採掘プロジェクトを進める中で、人類に似た―しかし長い尾を持つ―自然と共生する知的生物ナヴィの先住民勢力と戦う活劇である。

地球をしゃぶり尽くし、まさに地球が「静止」したら今度は別の惑星を新たな開発標的にするという御都合主義は人類が実際にやりそうなことではあるが、映画では結局、人類はパンドラを征服できず、先住民勢力の前に敗退する。人類の御都合主義を成功させない結末は好感が持てる。

こちらは前者以上に荒唐無稽な米国流活劇の性格が強い作品ではあるが、そうした中にもやはり環境映画として観ることのできる要素があるのも、面白い発見であった。