思考の化合

ネット検索全盛時代には、自分が関心を持ち、共感できる言説だけを取捨選択して接する傾向が以前にもまして強くなる。こうした傾向をポジティブにとらえる向きもあるが、筆者の見方は異なる。

共感できる言説だけを取捨選択していると、思考の純化が起きる。思考の純化とは、もう一つ文字を加えれば「単」純化であり、思考の単純化は思考の陳腐化、教条化の原因を成す。それは一見思考しているように見えても、実は思考の遮断・停止にほかならない。

そうした事態を防ぐには、共感できない言説にもあえて接することである。そうすると、時に不愉快な思考の衝突が発生するけれども、その衝突から思考の化合が起きる。思考の化合とは単なる混合を超えて自己の思考枠を広げ、独創的な思考を生み出す反応である。

化学世界では水と油のように混ざらず、新しい物質を作り出さない物質同士もあるが、思考世界では水と油も混ざり合って化合し、新しい思考を生み出すのである。

筆者の場合は、例えば資本主義とか国家主義といった言説には共感できないのだが、そうした言説をも排除せず、自己の思考上化合させることが独創的な新思考につながると信じる。
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