介護は続くが

2213年6月13日

200年後の未来社会に飛んできても、なぜかまだ介護を続けています。しかし介護環境は一変しました。かつては手狭な旧公団住宅で苦労の多い孤独な介護を続けていたのが、現在は在宅介護ながら市営の介護付き高齢者住宅に同居しています。

なぜ高齢者住宅なのか。200年飛んで自身も年老いたからではありません(物理学的には論証できないことですが、年齢は止まったまま200年先にタイムスリップしたので)。介護付き高齢者住宅では、家族介護を条件に高齢ではない家族の同居が認められるからです。

この住宅は外観は旧公団住宅と似たような集合住宅ですが、当然にも内部は完全バリアフリー化されていて、介護士やヘルパーが常駐しています。しかし、いわゆる「介護施設」ではありません。

介護施設としての老人ホームはもう50年以上も前に全廃されたとのことです。未来社会では「在宅か、施設か」の二者択一は迫られません。言わば全員が「在宅」。しかしその意味が広がったのです。

文字どおり自宅で介護することだけが「在宅」ではなく、介護付き高齢者住宅では同居家族がいる場合は日常の介護はその家族自身でするのが原則ですが、家族では難しい高度な介護や、家族が不在の時間帯は常駐職員が手を貸してくれるわけです。

もし状態が重度化し、在宅介護の限界を超えたときは、手厚い看護・介護の受けられる療養病院へ入院することができますが、介護付き高齢者住宅でも最期の看取りまでしてくれます。

ちなみに介護保険制度も貨幣交換システムの廃止に伴い、とうの昔に廃止されています。未来社会では各種物品のみならず、介護のような無形的サービスも無償で供給されます。

介護サービスを商品化したうえで、その購入費用を社会保険で補填するという苦肉の策であった介護保険制度は、資本主義的姥捨て山であった老人ホームとともに過去の悪制として、今では一部専門家しか知らない歴史書の中の存在となったのです。
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by komunisto | 2013-06-13 09:26 | 福祉