本源的福祉社会

2215年5月1日

今回はいかめしいタイトルの記事ですが、23世紀の社会の特質を学者はしばしばこのように表現しています。本質的に福祉が埋め込まれた社会といった意味になります。つまり、23世紀の社会はあえて福祉対策をあれこれ採らなくとも、福祉は実現するということです。

そのこともあって、23世紀の社会には特にこれといった福祉政策の目玉が少ないので、この通信でも福祉カテゴリーに分類される報告記事は、生活カテゴリーの報告記事と比べても少なめとなっています。

資本主義時代にはなぜ福祉が叫ばれたかと言えば、何事を為すにも必須アイテムである貨幣の持ち高が少ないと生活が困難になるため、低所得者向けの様々な福祉的支援策を必要としたからです。

国家が税を課して福祉政策を充実させる「福祉国家」が理想とされた時代もありました。しかし結局のところ、資本主義は福祉の世話を必要としない有産者に重税負担を求める福祉政策とはどうしても相性が悪く、福祉国家も溶解・解体が進みました。

そちら2015年の日本も、伝えられるところによると、様々な福祉負担の増大、またはサービスの削減により、元々弱かった福祉政策がいっそう縮減されていこうとしているようですが、これは資本主義社会では必然的な流れと言えます。

この点、貨幣経済が廃止された現在はそもそも生活原理が一変しています。貨幣なしでも必要な衣食住はすべて無償供給制でまかなえるのですから、そもそも貧困という現象は過去のもので、この用語はほぼ死語となりました。

医療も高度な治療を含めてすべて無償ですから、医療保険のような補填制度に頼る必要はありません。病気や障碍で働けなくなっても、生活は成り立ちます。死後に遺族が生活に困らないようにと、生命保険に入る必要もありません。

退職者の年金制度も必要なく、基本的には望む年齢まで働き、望む時にリタイアすることができますし、リタイア後の生活に困ることもありません。高齢になり介護が必要になっても、無償で介護サービスを受けられます。

このように貨幣経済廃止を基点として、福祉がすべて初めから組み込まれていることが、本源的福祉社会の意味です。人類はどうしてこの単純な原理に長い間気がつかず、貨幣制度の発明から何千年もかけてようやく廃止したのか、今となっては不思議なくらいです。
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by komunisto | 2015-05-01 09:17 | 福祉