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美意識の終焉

2215年10月22日

22世紀の世界革命以前の旧人とそれ以降の新人とを分ける大きな相違点として、美意識の有無があります。すなわち、新人は美意識というものを持っていないのです。もっと正確に言えば、新人は美/醜という二元的価値規準を持っていないということになります。

この美/醜の二元的価値規準は長い間、人類共通の価値尺度だとして疑われていませんでした。しかし、実はこれこそがあらゆる差別の源泉であることが明らかにされたのです。当然ながら、美が優等視され、賞賛される一方で、醜は劣等視され、差別されます。

人間の価値評価すら、美男美女が理想的人間として賞賛され、それと対照される醜女醜男は蔑視されるということが当然のごとく行なわれてきたのです。実際上、人種差別や障碍者差別も、その根底には、そうした外見上の美/醜規準があったのです。

しかし、22世紀の世界革命は一面では「反差別」革命でもあったので、差別の根源にある美/醜二元論も批判・克服の対象として、厳しい検証にさらされたのでした。ことに見栄えを理由としたあらゆる美/醜の評価が槍玉に上がりました。

その結果、美人コンテストのようなイベントも差別的な“人間品評会”とみなされ、開催されなくなりました。旧世界では憧れの対象だった美人コンテストは今や、差別に鈍感な旧人の野蛮な風習として否定されているのです。

また美とは何かを追求する学問としての「美学」も批判にさらされ、23世紀には「美学」というものはなくなり、旧美学が扱っていた領域は「芸術学」という学問に吸収されており、その研究主題も「醜」と対照される「美」ではなく、対照項を持たない「芸術性」へと変化しています。

美/醜の二元的対照項がない芸術性ということは、旧人にはなかなか理解が難しいのですが、結果として、旧人的感覚では「美しい」とは評し得ないようなものでも「芸術的」と評されることがあるのです。

このように23世紀の新人には美意識がないといっても、このことはかれらが粗野・無粋であることを意味しません。かれらもすぐれた芸術、ことに美術には旧人以上に傾倒しており、住宅を含む建造物なども極めて芸術的に設計するのです。

ただ、そうした態度を支える価値観はもはや「美」ではありません。従って「美術」とは呼ばれず、「アルト」というエスペラント由来の外来語が使われます。ただ、これまでのたよりの中では、21世紀の旧人読者にもわかりやすいように、「美術」という語を使ってきましたが、これは23世紀の用語ではありません。

人間の価値評価に関しても同じことで、23世紀には美女とか美男その他これに類する俗語の類はほとんど死語と化しており、日常慣用されません。人間を外見のみで賞賛したり軽蔑したりする慣習一切が廃れているからです。

そんなこともあり、旧人の世界ではしばしば外見を理由とする被差別者であった筆者のような人間にとっても、美意識を持たない新人の世界は人目を気にすることなく住みやすく、ある種の楽園です。そちら旧世界へは二度と帰還できないという掟にも何ら悲嘆していません。
by komunisto | 2015-10-22 08:21 | 思考