カテゴリ:世界旅行記( 15 )

2217年2月28日
アングリーア領域圏(Anglia Domajno)/通称アングリーオ;旧和称イングランド


ケルトイ合同領域圏に属するスコットランドから、風光明媚な田園地帯を縦断する鉄道を普通列車を乗り継ぎ南下してアングリーオへやって参りました。アングリーオとは、かつてのイングランドのことです。

イングランドは21世紀にはいわゆる英国を構成する四つの地域のうちの中心でしたが、前回ご説明したとおり、23世紀には四地域のうち三つが隣のイルランド(旧和称アイルランド)を含めたケルトイ合同にまとまったため、単独の領域圏となったものです。言わば独りぼっちになってしまったわけですが、23世紀のアングリーオ人はほとんど気にしていないようです。むしろ、現状が一番すっきりするという感想も聞かれました。

その代表コミューンは旧王都ロンドンですが、その性格は一変しています。かつては世界金融センターのトップに位置づけられる金融大都市であったわけですが、貨幣経済が廃され、当然「金融」も死語となった23世紀、ロンドンはもはや金融都市ではあり得ません。現在は、静かな歴史文化都市です。

歴史文化といえば、大英帝国時代の象徴とも言えるBritish Museumは現在も存在していますが、名称はEngland Museumに改称されています。また金融の象徴だったロンドン証券取引所跡地は前衛的な建築として著名なアングリーオ中央民衆会議議事堂の一部に変わり、革命の象徴地となっています。

ところで、イングランドと言えば世界で最も有名な王室がありましたが、現在はどうなっているのかというと、王室は残されています。しかし、元首の概念を持たない民衆会議体制において、もはや王は元首ではありません。ただ、歴史文化の象徴として、形式的な称号だけが残されているのです。このような処遇は世界中の旧王室で普遍的です。

王と王族は全員一般市民として普通に暮らしており、旧王宮バッキンガム宮殿は誰も住まない一史跡です。ちなみに旧英国が唯一残していた旧式の貴族制度も完全に廃止されて久しく、もはや誰が旧貴族の末裔なのかは苗字でわずかに判明する程度です。

こうしてアングリーオは豊かな田園風景を持つ領域圏として、静かに今も存在しています。次はアングリーオから、ベネルークソ(旧和称ベネルクス)方面へ渡ってみようと思います。
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2217年2月4日
ケルトイ合同領域圏(Ligaj Domajnoj de Keltoj)/通称ケルトイ


ノルディーオからスコットランドへやってきました。スコットランドと言えば、そちら21世紀初期の段階では独立論争が巻き起こりながらもまだ英国の一部であろうと思いますが、現在の地政情勢は大きく変わっています。

23世紀の通称スコットランドは正式名称スコットランダ領域圏(Skotlanda Domajno)といい、他の三つの領域圏とともにケルト合同領域圏に編入されているのです。ケルトイとはケルト人のエスペラント語です。合同した地域は歴史的にケルト人が先住し、ケルト系の言語や文化が残る点で共通しています。

構成領域圏の自立性が強い合同領域圏という点では、北欧のノルドと同じ形式になります。スコットランド以外の三つの領域圏は次のとおりです。

○イルランダ領域圏(Irlanda Domajno)/通称イルランド;旧和称アイルランド
○キムリーア領域圏(Kimria Domajno)/通称キムリーオ;旧和称ウェールズ
○マンクシーア領域圏(Manksinsula Domajno)/通称マンクシーオ:旧和称マン島

ちなみに、アイルランドはかつてアイルランド共和国と英国に組み込まれた北アイルランドに分かれ、北では流血の分離独立闘争が展開された時代もありましたが、現在では北アイルランドもイルランド領域圏に復帰しています。

同じく英国に組み込まれていた西部のウェールズも離脱していったため、かつて栄華と覇権を誇った大英帝国はすっかり分解されてしまい、今や旧イングランドを継承するアングリーア領域圏単独―とはいえ、人口は4000万人を越えていますが―の存在となっています。大英帝国に取って代わって、ケルトイ合同領域圏が登場したという感じです。

かつての大英帝国がばらばらに分解したとなれば、さぞ血みどろの戦争になったのでは?と思われるかもしれませんが、実際のところ一滴の血も流されませんでした。まさに平和革命です。その軸となったのがスコットランドです。

領域圏とは21世紀にはまだ固定観念である国家とは異なる緩い単位に過ぎないので、「分離独立」というようなおおごとにはならないのです。そういうわけで、現在でもスコットランドの代表コミューンのエディンバラからロンドンまでは一本の鉄路で結ばれ、その間に国境線や検問のようなものは一切ありません。

エディンバラ‐ロンドン間には超特急列車が設定されており、現在は所要3時間半くらいです。速達もいいですが、今回は普通列車にただ乗りして―貨幣経済はありませんから―ロンドンまで行ってみようと思います。
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2217年1月21日
ノルディーオ合同領域圏(Ligaj Domajnoj de Nordio)/通称ノルディーオ


合同領域圏とは、複数の領域圏が協約に基づいて合同し、重要政策を強調的に執行する体制であって、連合領域圏に比べると、緩やかな結びつきとなっています。イスランドもそうした合同領域圏の加盟領域圏として、独自の地位を有します。

前回のイスランドを包含するノルド合同領域圏には、他に次の五つの領域圏が包摂されます(旧和称は順にノルウェー、スウェーデン、フィンランド、デンマーク、グリーンランド)。

○ノルヴェジーア領域圏(Norvegia Domajno)/通称ノルヴェジーオ
○スヴェディーア領域圏(Svedia Domajno)/通称スヴェディーオ
○スオミーア領域圏(Suomia Domajno)/通称スオミーオ
○ダニーア領域圏(Dania Domajno)/通称ダニーオ
○グロンランダ領域圏(Gronlanda Domajno)通称グロンランド

最後のグロンランドは地政学上、世界一周旅行の最後に訪問する予定の北アメリーコ(旧和称アメリカ)連合領域圏の域外招聘領域圏という地位にもあるため、後に回します。

今回はイスランドからノルヴェジーオへ渡りました。ここも二度目の訪問になります。ノルヴェジーオには、タイムカプセルで渡来した旧時代人のための適応化訓練施設があり、イスランドのタイムカプセル管理局を通過したタイムトラベラーはまずここに収容されるのです。

訓練は、23世紀の共産主義的生活への適応訓練と23世紀の世界共通語であるエスペラント語の学習が中心です。前者は貨幣経済が廃止され、無償労働が基本である社会経済の仕組みに慣れるための座学と街を散策して社会見学をする内容です。

訓練期間は6か月コースと3か月コースがあり、最初に心理行動テストとエスペラント語の運用能力テストを受け、結果によりどちらかのコースにふるい分けられます。私はタイムトラベル前からコミュニストであったこと、エスペラントも基礎は学習済みだったことが幸いし、3か月コースに決まり、早くに仕上がりました。

この訓練を修了した者は解放され、特別な査証を与えられたうえで、自由に地球上どこにでも住むことができます。たいていのトラベラーは自分の郷里へ還ろうとします。私の場合も、とりあえず郷里である日本へ直行したのでした。

ノルヴェジーオ訪問は、この適応化訓練を受けた時以来となりますが、その最大都市オスロは世界中から人が集まるコスモポリタンな都市です。ここにタイムトラベラー訓練施設があるのも不思議はないでしょう。過去から来た者でもへだてなく受け入れてしまう懐の深さがあるようです。

オスロがコスモポリタンなのは、23世紀に復活してきた船舶を扱う海事の拠点であることに加え、世界共同体の重要なシンクタンクである世界平和研究センターが所在することなども影響しているように思われます。

ノルヴェジーオのお隣スヴェディーオはかつて北欧の中心国をもって任じていたこともありましたが、23世紀の世界には「中心」という発想がありませんので、現在、スヴェディーオが特に「中心」ということはないようです。むしろ、ノルヴェジーオのほうがコスモポリタンという意味では「中心」的な感じがします。

他の二つの領域圏もそれぞれ特徴があるのですが、この時期はとにかく寒く、DNA系統上南方系縄文人の要素が濃厚らしい私は寒さが苦手でありますので、この季節のノルドにあまり長居できません。そこで、ここは切り上げて次はスコットランドへ渡ろうと思います。
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2217年1月5日
イスランダ領域圏(Islanda Domajno)/通称イスランド :旧和称アイスランド


予告していたとおり、23世紀世界旅行の最初の地イスランドへやってきました。氷の島という名称どおり、寒いですが、ここの冬は日本の豪雪地帯ほど寒くもなく、積雪も少ないというのは意外です。ただ、冬の日照時間が短く、長く暗い冬となります。

ここへ来るのは二度目です。一度目は23世紀にタイムトラベルしてきた三年前でした。なぜかというと、ここイスランドはタイムマシン管理局が所在する所だからです。イスランドと言えば、ジュール・ヴェルヌの有名なSF小説『地底旅行』の入り口としても有名ですが、まさにタイムトラベルにふさわしい地球の果てのような景観に恵まれた場所です。

タイムマシン管理局とは、その名のとおり、タイムマシンで過去の世紀からやって来る者の出入りを管理する関所のような場所と理解すればよいでしょう。実は、このタイムマシン管理局の存在は秘密になっており、その存在をみだりに漏らしてはならないのですが、ここでは特別に明かしてしまいます。

23世紀は、自動車も水素燃料によるなど、水素の利用が普及していますが(過去記事参照)、歴史的にイスランドはそうした所謂「水素社会」の最先端であり続けており、環境的持続可能性に立脚する未来社会のモデル領域圏でもあります。

そうしたことから、イスランドは小さな領域圏でありながら、地球全体を束ねる世界共同体の環境シンクタンクの性格を持つ「持続的可能性研究センター」が所在するほか、火山活動が活発な火山島であることから、火山研究の最先端でもあるとのこと。

かつては地味な小国でしたが、モデル領域圏となった現在のイスランドは、移住者や公務等での長期滞在者が増えた結果、人口が三倍近くに増加して現在90万人ほどに達しており、結構活気に満ちた島であります。

23世紀に到達した三年前には、イスランドからノルヴェジーオ(旧和称ノルウェー)を経由して一気に郷里である日本へ飛ばせてもらったのですが、今回はここイスランドから欧州を南下する道をたどります。とりあえず、次は再びノルヴェジーオへ渡ってみることにします。
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2216年12月22日

23世紀未来社会に飛んできて、3年が過ぎました。かつて触発されたウィリアム・モリスの『ユートピアだより』では、主人公が体験したユートピアはすべて夢であったことが最後に暴露され、現実世界に引き戻されるという残念なオチで終わるのですが、こちらのタイムトラベルはまだまだ続きます。

ただ、これまでは、主として日本の様子を中心にご報告してまいりましたが、そろそろ話のネタも尽きかけてきましたので、来年からは、海外に目を向けた連載をしようと思います。以前のたよりでもご報告したとおり、23世紀には国家とか国境といった概念はなく、世界は領域圏と呼ばれるまとまりで構成されていて、出入りは原則自由です。

しかも、貨幣経済は廃されており、旅客機・客船を含む公共交通機関の利用はすべて無料乗り放題。ということで、無一文で飛んできた私のような者でも自由に世界を飛び回れるのです。そこで、来年以降は23世紀世界一周旅行に出ようと思います。今度は23世紀のガリバー旅行記です。

ところで、これも以前のたよりでご報告したように、23世紀の世界公用語はエスペラント語です。そのため、世界共同体を構成する各領域圏(domajno)の名称も公式にはすべてエスペラントで表記されます。例えば、日本ならニッポニーア領域圏(Nipponia Domajno)となります。

そこで、本旅行記では領域圏名を原則としてエスペラント読みで片仮名表記しますが、21世紀の読者にはわかりにくくなりかねないため、さっそく以下に示すとおり、エスペラント表記に日本語での旧称(旧和称)も付記することとします。ただし、21世紀当時の世界地図上の国の領域と23世紀現在の領域圏の範囲には相違点も多いため、完全に一致しない場合があります。

そのうえで、回り方の予定ですが、北辺の氷の島イスランド(旧和称アイスランド)から―なぜイスランドからなのかは次回ご説明します―始め、欧州を南下して21世紀とは最も激変したアフリーコ(旧和称アフリカ)を縦断していきます。そこから、西アジーオ(旧和称アジア)に入って東へ進んでいこうと思います。

ただし、これまでと同様、文字情報のみで、写真は掲載できません。なぜなら、文字情報を200年遡ってそちら21世紀へ送信することはできるのですが、画像情報についてはできない仕組みになっているためです。それが技術的な限界なのか、政策的な通信統制なのかは不明です。

というわけで、23世紀未来世界の様子をビジュアルにお伝えすることはかないませんが、できるだけイメージが浮かぶような文章表現を工夫しながら、ご報告していきたいと考えています。更新ペースは引き続き不定期のため、閑散としたものとなるでしょうが、お許しください。それでは、また来年。

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