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カテゴリ:生活( 21 )

2214年4月24日

「書を捨てよ町へ出よう」とは昭和時代の劇作家・寺山修司の作品のタイトルですが、23世紀の今、「ゲームを捨てよ森へ出よう」が子どもたちの遊びに関する標語です。

21世紀にはめっきり減っていた子どもたちの外遊びが復活しているのです。それを保証しているのは、田園的な自然環境の回復と高度な治安です。

以前にもご報告したとおり、「持続可能的再編」計画により、地方市では郊外の自然環境が回復されていますし、最近知ったのですが、東京のど真ん中ですら小川や小林が回復されているのです。そうした自然は子どもたちの遊び場でもあります。

しかし、子どもたちが林や森で遊ぶと、犯罪に巻き込まれる恐れはないか。これについても、ご報告したとおり、23世紀には犯罪が激減しました。とはいえ、18歳未満の子どもが一人で外出する時には最寄の警察に直通する保安用ポケベルを携帯させることが法律で保護者に義務付けられていますから、万一の備えもあり、安心です。

かくして、21世紀の子どもたちのように、家にこもってゲームに没頭という生活は過去のものになりました。23世紀にもオンラインゲームのような娯楽は相変わらず存在していますが、ゲームのコンセプトは一変しているようです。かつてよくあった戦争ゲームはありません。現実世界で戦争というものが完全に過去のものとなったため、もはやゲームの世界からも戦争は消えたのです。 

代わって人気なのは、オリエンテーリングゲームです。オリエンテーリングとはご承知のとおり、昔からある野外探査のスピードを競うスポーツですが、自然環境の回復に伴い、リアル世界でもブームになっており、オンラインゲームでも人気なのです。

ですが、23世紀の子どもたちは、自然環境と恵まれた治安の下、日が暮れるまで外で遊ぶことが奨励されており、ゲームに費やす時間は200年前と比べ激減しています。
by komunisto | 2014-04-24 09:11 | 生活
2214年3月19日

23世紀の社会でちょっと驚かされることの一つは、電車は乗り放題という「常識」です。これまでにも報告してきたように、23世紀の社会では貨幣交換が廃されていますから、鉄道のような交通機関も無料、つまりタダ乗りできることは「常識」なのです。

となると、鉄道の駅で見慣れた切符売り場とか定期券、乗車カードといった運賃にまつわるシステムは全く存在しないのも当然です。

とはいえ、いきなり入り口からフリーパスでホームに入れるわけではありません。駅にいわゆる改札口というものは存在しないのですが、乗車の際には乗車証明券の発行を受けなければなりません。そのため、昔の切符売り場とよく似た自動発券機の置かれたコーナーがあるほか、カード式の証明券もあります。

何のための乗車証明かと言えば、これは駅や当該路線の利用状況を把握するためのものだそうです。計画経済では貨幣より情報が命ですから、こうした運輸関係のデータも一つの経済情報として収集されているわけです。

さて、かつて都市間鉄道では通勤地獄と呼ばれるような通勤ラッシュに悩まされていましたが、職住近接が進んだ現在、こうした現象は過去のものとなり、朝夕ともゆとりのある混み方です。そのためか、長大編成化の進んでいた大都市の鉄道路線でも、逆に短編成化が進んでいます。

しかし、乗り放題となると、従来とは逆に休日の行楽客が増え、「休日ラッシュ」という現象が起きています。そのため、休日だけ長大編成車両を走らせるような反対の工夫もしているようです。

ちなみに、23世紀の主要な鉄道は、地下鉄も含め、すべてコンピュータ制御による自動運転車両です。ただ、無人ではなく、万一のため、手動運転の技術を持った乗務員―「運転管理士」と呼ばれます―が最低一人は乗務することで安全配慮もなされています。
by komunisto | 2014-03-19 09:20 | 生活
2214年3月11日

2014年の日本では、今日で東日本大震災から満三年ですね。儒教的には三年の服喪期間が終わるわけですが、生き伸びた被災者の多くにとって、震災はまだ終わってはいないでしょう。

ハコモノの復興は進む中で、住宅の復興が立ち遅れているからです。同じことは、21世紀半ばにもっと大きな規模で西日本を襲うことになる「南海大震災」でも繰り返されています。

こうしたことが起きがちなのも、資本主義社会では住宅は私有が原則で、公営住宅は例外的だからです。平素はそれでもよいでしょうが、多数の人が私宅を失う大規模災害後の復興過程では、公営災害復興住宅の建設・入居が進まないという大問題を引き起こすのです。

これに対して、共産主義の23世紀社会で安心なことの一つは、平素からの公営住宅制度の発達です。資本主義社会では低所得者向けとされる公営住宅が共産主義社会では住宅の半分以上を占めており、ごく普通の居住形態です。親族間での相続も―事前審査はありますが―可能です。

23世紀の憲法では、基本的人権の筆頭に生命と居住の権利が謳われていることから、公営住宅の整備は平素から取り組まれているのです。災害後には、ハコモノの前に公営復興住宅の整備が急ピッチで進められます。 

しかも貨幣経済ではないため、「家賃」という制度はありません。そのため民営賃貸住宅という形態も消滅し、民間の貸家というものは住宅所有者が個人的な好意から親族や親友に無償で貸与する場合だけですが、それはそれで助かることです。

こうした充実した住宅保障のおかげで、革命後の22世紀中に起きたいくつかの震災では被災者の生活再建はより円滑に進みました。住居を喪失するホームレスも歴史書にしか出てこない現象です。
by komunisto | 2014-03-11 12:16 | 生活
2214年1月10日

2014年1月の日本では、大手食品会社の冷凍食品への農薬混入による全国的な被害という普段全く想定外の大事件で揺れているようですが、こういう事件は23世紀にはほとんど考えられません。

まず第一に23世紀社会の食品は地産地消が徹底しています。主要な食品は、各地方圏ごとに設置され地方圏住民全員が自動的に加入する消費事業組合が一括して供給しているため、万一このような事態があっても全土に被害が広がることはなく、せいぜい当該地方圏―群馬工場の事件であれば、旧群馬県を含む北関東地方圏―の範囲で抑えられるのです。

しかし、そもそも工場で量産される一般食に農薬が混入するということ自体が考えられません。というのも、冷凍食品のように工場で量産される既製食品は冷凍による長期保存食のようなものに限られ、あまり種類がないからです。

現在、かつてのスーパーやコンビニに相当する物品供給所でも食品の多くは未調理の食材の形で供給されており、料理は家庭で一から作るという資本主義以前の習慣へ立ち戻っています。

農薬の混入は論外ですが、冷凍食品を全国的に、さらには海外にも流通させるとなれば、保存のための薬剤を使用せざるを得ず、人体には決して有益ではない物質が摂取されることになります。この点で、既製食品に頼らない23世紀の食生活は安全です。

ですが、既製食品が少ないと、私のように料理が苦手な人間はそれこそ食べていけない社会ではないか?しかし、心配は要りません。物品供給所の食品コーナーでは食材や調味料と一緒に、それらを使って作れる簡単料理レシピも必ず置いてありますから、それを参考にすれば、簡単な家庭料理は誰でも一応作れるようになっているのです。

こうして23世紀の食は地元で取れた/獲れた食材を使って、手作りするということが基本となっています。そのため、あえて「食の安全」を「対策」する必要もなく、そもそも「食は安全」なのです。
by komunisto | 2014-01-10 10:19 | 生活
2213年12月29日

6月から23世紀の社会の様々な側面をひとわたりご報告してきましたが、全体に良いこと尽くめの書きぶりで、欠点はないのかという反問を21世紀人から受けましたので、中間総括的な意味で、長短をまとめておきたいと思います。

まず長所は何と言っても、貨幣なしで基本的な物・サービスが入手できることです。こうした無償供給経済が世界中で確立されたことで、生活難・貧困は世界から一掃されました。これは人類史上のまさに革命です。

この長所の偉大さは、すべての短所を相殺するほどだと言ってよいのですが、長所ばかり宣伝すると不興を買いますので、短所にも触れておきましょう。

まず消費生活の上では、物品供給所での行列が困りものです。人気物品は並ばないと品切れになることもあります。また入手できても取得数量が厳格に限定されていることも、不便に感じることがあります。この点は、交換に供する金さえあれば(あくまでも・・・)自由に物が買えた資本主義時代のほうが、便利な面はありました。

それとも関連して、電気使用量の制限措置もやや不便な点です。さすがに計画停電まではしないのですが、環境規制の一環として、電気使用―もちろん無償です―のリミットが厳格に決められており、それを超えると強制的に電気供給が止められる仕組みです。常識的な使い方であれば、まずリミットを超えることはありませんが、日々の電気使用量を常に把握しておく必要はあります。

もう一つの不便さは、病院の予約制です。最小限医療社会のため、病院自体が少ないのですが―その分、保健所や薬局が活用されていることはご報告しました―、原則すべて予約制ですから、急病でなければ診療が数か月も先になることがあります。その代わり、全身的な総合診療や精鋭揃いの専門医制度など医療の質は明らかに進歩しています。サービスの質の担保のため、量は制限するという策なのでしょう。

なお、個人的な不便さというか不満として、紙の書籍がほぼ消滅してしまったことがあります。本=電子書籍は23世紀の常識です。電子書籍にはそれなりの便利さもありますが、ページをあちこち自由にめくりながらのんびり拾い読みすることが好きだった私にとっては、不便な思いもあります。

こうして23世紀の社会も良いこと尽くめの楽園ではなく、短所や不満も決してなくはないのですが、先ほども述べたとおり、基本物資・サービスがすべて無償という最大長所の大きさは何にも代え難いものがあるのではないでしょうか。
by komunisto | 2013-12-29 10:16 | 生活
2213年12月5日

23世紀に消えたのは、摩天楼ばかりではありません。しばしば日本の家屋の狭さの象徴として揶揄された「兎小屋」も消えました。すなわち、住居は全般に200年前よりも広くなっています。

なぜ住居の狭さが解消されたかですが、一つには人口の適正化があると言われます。もともと狭小なうえ山がちな日本で人口が増加すれば、当然住居面積は狭くなりがちです。そのうえ広大な土地が国有地や商業用地として確保されていたため、なおさらです。

現在、国家という権利主体が存在しないため「国有地」も存在せず、商業の廃止により商業用地も多くが宅地として解放されたことで、住居面積は広がったのです。 

もう一つは、上述の事情とも関連して、高層マンションが減少したことです。地面が狭いから空中に住むというのが高層住宅の構想ですが、空中では当然住居の面積は限られます。まさに兎小屋です。しかし、宅地の拡大は高層化の必要をかなりの程度減少させています。高層マンションも存在しますが、前回報告したように、高さ規制によりせいぜい12階建て程度のものです。

ちなみに現在高齢家族と同居中の市営高齢者住宅も旧団地的なものですが、広めの2LDKで介護しやすいようにゆったりした間取りになっており、手狭で介護向きとは言い難かった200年前の公団住宅とは格段の違いがあります。

さらに、もう一つ「脱兎小屋」の秘訣として、一戸で広大な面積を取る「豪邸」が消えたこともあるでしょう。貧富差の原因であった貨幣が廃された23世紀社会には富裕層のシンボルである「豪邸」も存在せず、住宅の平等も確立されているのです。実際、宅地法は庭を含めた一戸建ての敷地面積を規制しているため、広大なお屋敷を建てることはそもそも認められません。

こうして、かつて豪邸が林立していた東京の田園調布なども他と変わらないごく普通の住宅街となった一方、住居を失い、兎小屋にすら入れない野宿生活者の姿も見られなくなっています。
by komunisto | 2013-12-05 11:40 | 生活
2213年10月20日

23世紀人はいったいどんな食生活を送っているのだろうか━。食いしん坊の21世紀人ならば、興味があることと思います。この点、23世紀的食生活で一番目立つのは、肉食の後退です。

20世紀から21世紀にかけては、逆に肉食の時代でした。日本のように肉食が限られていた所でも、肉食系の西洋料理が普及し、ステーキやハンバーグなどが常食のようになっていました。その結果は、肉食で起こりがちな心臓血管系生活習慣病の多発でした。

23世紀人は健康長寿ですが、その秘訣の一つが「脱肉食」にあることは明らかです。菜食習慣は世界に広がっており、元来肉食系の欧米でも菜食はもはや一部好事家の単なる「主義」ではなく、一つの食習慣となりつつあります。面白いことに、宗教が下火の一方で、仏教の精進料理のようなものが健康食として世界に普及しているのです。

なお、肉食の後退の隠れた背景として、以前ご報告したように、動物の権利保障が世界的に進み、食用動物の屠殺に関する法規制が強化されたことも指摘されています。

ちなみに、最も安易な―と、23世紀人なら評するでしょう―肉食系料理であったハンバーガーも過去のものです。本家北アメリカでも廃れ、かつてマクドナルドをはじめ、世界を席巻したハンバーガーチェーン店もありません。こうしたファストフード習慣のために肥満が広がっていた北アメリカでも、人々は痩せ型になりました。

そもそもチェーン店方式の画一的な飲食サービス自体ほとんど見られません。飲食サービスもすべて無償ですから、チェーン店で稼ぐということは想定できず、料理人がそれぞれ自分の腕と味を生かした個人営業の飲食提供所を運営するのが一般的です。今や、料理は商売ではなく、「食の芸術」ととらえられているほどです。

こうして、23世紀人は全般に「草食系」になったと言えるでしょう。そのせいかどうかわかりませんが、人々は攻撃的ではなくなり、暴力犯罪や戦争も圧倒的に減少しているのです。
by komunisto | 2013-10-20 10:13 | 生活
2213年7月22日

23世紀の未来人はあくせく働く必要がなく、ゆったりと暮らしていけると書きました。そうしたスローライフを支えるのは4時間労働制です。これは世界労働機関:ULO(国際労働機関:ILOの後身)の条約で強制される全世界共通法です。

21世紀の先進国の標準であった8時間労働制からすると、半分ということになります。半日労働と思っておけばよいでしょう。つまり働くのは午前か午後のみです。旧世界の人たちからすると、「怠け者」社会に思えるかもしれません。しかし、これで十分です。

生産量は旧世界の資本主義時代よりも減少していますが、資本主義時代のような過剰消費社会ではないため、生産量は必要量を確保し得ています。一方で、生産性は向上しています。ワークシェアリングは、そういう言葉も必要なほど常識です。 

未来社会の人たちは仕事以外の時間を趣味やボランティア活動、家族団らんに充てています。決して怠けているわけではなく、自由時間が増加したのです。資本主義時代の長時間労働は労働者の過労からかえって生産効率を阻害していたことが明らかにされています。

今や、日本や米国のように長時間労働で有名だった社会も一変しました。働き蜂は一掃され、過労死は過去の悲劇です。そうした用語すら労働史の本に出てくる程度で、普通の人は知りません。過労死のことを未来社会の人に話すと、驚かれます。働きすぎで命を落とすとは、昔の日本人は悲惨だった、と。ちょうど21世紀の人が『女工哀史』を読んだときの感想に近いかもしれません。

未来社会には働き蜂の代名詞・ビジネスマンはそもそも存在しません。「ビジネス」という言葉は今も使われていますが、意味が大きく変わったのです。では未来社会の「ビジネス」とは?これについては次回ご報告しましょう。
by komunisto | 2013-07-22 11:49 | 生活
2213年7月16日

前回世界旅行についてご報告したついでに、今回は宇宙旅行について。宇宙旅行は、私がまだ旧世界にいた21世紀初頭にはすでに一部実現されていましたが、大金を積んで初めて可能な旅行で、一般市民には手が届きませんでした。

しかし、200年後の未来世界で、宇宙船による宇宙旅行は身近なものとなっています。これも貨幣経済が廃止されたおかげです。他の交通サービスと同様、今やタダで宇宙へ行ける時代です。とはいえ、宇宙旅行は通常の空旅と全く同じというわけにはいきません。

高度の安全確保のため、宇宙旅行は通常の空旅とは異なり、世界航空宇宙機関という機関が一手に引き受け、指定された宇宙センターからのみ出発できます。同機関の日本事務所は東京にあり、日本発の宇宙旅行は歴史ある種子島宇宙センターから出発します。

コースも低軌道宇宙観光という初心者向けのものから、今やホテル施設まで備えた共同宇宙ステーションに到達・宿泊するコースまであります。

ちなみにいわゆる宇宙酔いをはじめとする無重力状態での人体への悪影響は、宇宙医薬学の飛躍的な発達により、宇宙酔い抑制剤の開発などが進み、相当程度克服されています。

ただし、宇宙旅行は世界中で大変に人気がある一方、宇宙船は通常の旅客機のように過密な運用はできないため、申し込みから実際の旅行まで平均して3年待ちとのことで、宇宙旅行は身近になったとはいえ、そう簡単ではないようです。
by komunisto | 2013-07-16 11:09 | 生活
2213年6月25日

貨幣が廃止された未来社会における就職は極めて自由です。もはや生活のために就職を強いられることはありません。貨幣交換システムの廃止に伴い、労働も労働力=商品の売買ではなくなり、すべて無償のボランティア仕事となっています。

未来社会における労働の目的は、旧社会では理想にすぎなかった自己実現にあると考えられています。すなわち働くことそのものが目的なのです。

かつてのように学業を終えると一斉就職する慣行も消滅しています。ただ、学業を終えた人は早晩、何らかの職に就きますが、やりたい職がなければ、自分で職を創ることもできます。ブロガーもその一つと言えるでしょう。

そんなことでは怠け者だらけになってしまわないか?実は、かつて貨幣が廃止された直後、しばらくは罰則付きの労働義務というものがあったそうです。実際、当時はまだ貨幣交換システムの中で育った人が大半であったため、貨幣なしで生活でき、労働が無報酬では誰も働こうとしなくなるのではないかということが懸念されたのです。

しかし試験的に労働義務を廃止してみたところ、そうした心配は杞憂とわかりました。人間は何も労働せずにいるとくるってしまうもののようです。おそらく労働とは、人間にとって生きることそのものなのでしょう。

それでも人によってはギャンブル漬けにならないか?ノーです。確率に対してカネを賭けるギャンブルは、貨幣廃止とともにとうに廃れてしまったからです。そうした過去のギャンブルの象徴として、一部の競馬場は遺跡として保存されています。

ちなみに、旧社会では日雇い仕事の代名詞でもあった建設作業は、今日では地方自治体に所属する「建設作業隊」というれっきとした公営の労働団が一手に請け負います。建設作業員はもはや日雇いではなく、専門的な常勤職として人気職種の一つとなっているのです。 
by komunisto | 2013-06-25 13:15 | 生活